2014年1月5日日曜日

医療を受ける弊害!?、赤ちゃんの育ち方に変化があらわれる

赤ちゃんに激しい皮膚症状があらわれていても、外用薬を塗り、薬を飲ませていると症状が消えていきます。
しかし、山西みな子さんの長年の観察によると医療を受けるようになると、赤ちゃんの育ち方と反応に変化があらわれてくるようです。
その様子を本から引用してみましょう。
《もっともはっきりした変化としては、医療を受けるようになってからの赤ちゃんは、だるそうによく眠り、目方が増えます。色も白くなります。しかし、一つのものに対してそれを見定めて、じっとみつめていた意志の力が弱まってしまいました。一瞬母の顔や、その周りの人びとの顔をみますが、見つめたまま、子どもの意志で笑いかけるというのではなく、あらぬ方角に目を転じて、にやにやと笑っています。時にはきゃっきゃっと声も出して笑いますが、母と子との相互関係の中で笑うというのではないのです。泣くときは、いきむように強く激しく泣き、あやしても、気持ちとか感情とかのつながりがうまくいかず、容易に静かな泣き方にはならないので、あっさりした性格が変化してしつこい性格になってきたといいます。物を見つめる子だったころは、お母さんが食べるものを探しあぐねて苦労したり、ひどい湿疹に悩みました。湿疹が軽くなり、からだも太り、泣き方も変わり、一見からだが丈夫になったかのように見えてきていました。しかし、子どもらしくきらきらとした「魂がいかされている状態」というものがかすみ、ただそこに動いているわが子がいて、母と子との関係としてではない、母は母、子は子、という個々の関係としてそこにともにいるだけになりました。言葉の数も減りました。》
《その状態でも、子どもは毎日成長していきます。その成長ぶりは、芯から伸びていく育ち方というより、むしろ、ほかから生かされているとでもいえるような、受け身の育ち方になるのです。》
《お母さんの食べたものが母乳に入り込み、子どもを正しく育てる基材になっている日と、正しく育てられない基材になっている日があります。正しく育てられない日が続くと、どうしても努力をすることをやめてしまうようになります。そして子どもは、母乳に代わるさまざまの栄養物を与えられることになります。子どもに与える栄養物が、正しく育てられない基材になるとき、子どものからだに表現される皮膚や骨格の反応や変化が鈍ってきます。》
《鈍った状態は、一見育てやすく見えるにもかかわらず、そのしぐさは不自然で、焦点が定まらず、手足は多動で言葉も減っていきます。両親にとっては「世界一かわいいわが子」であるのはもちろんですが、人間としての尊厳があきらかに低下してくるのがみえてくるのです。》
《正しい食物を食べなければからだによくないばかりか、こころを乱し、人の尊厳を左右するその事実は、子育てをする時期の賢明なお母さんなら気づいてしまいます。アトピー性皮膚炎の子や、湿疹の子や、喘息の子や、腎炎の子が多発している今日の状況で、その子を育てている母の苦悩を知れば知るほど、赤ちゃんが教えてくれる正しい食物を模索せずにいられなくなるでしょう。》
《赤ちゃんが教えてくれる正しい食物の選び方は、今日の社会ではむずかしいので、母が暮らしている日常の生活からそれなりの状況に合わせて、子どもの健康や生かされ方が規制されているのです。》
(山西みな子著「母乳で育てるコツ」p86-88より)
これらの様子から、安易に医療を受けると育ち方と反応に自然でない要素(?)が入りこんでくるように思われてなりません。
我が孫娘の湿疹にもその辺のところが心配ですわ。
しかし、娘には口出ししないようにしていますから、本とかブログを読んでしっかりと子育てに活かしてほしいと思ってはいます。

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