2018年9月27日木曜日のブログで松村 卓さんの「骨ストレッチ」、岡田慎一郎さんの「古武術介護」、甲野善紀さんの「古武術」について採りあげていました。
けいじにとっての究極の腰痛再発防止策が、古武術の身のこなしにあると直感し、ついに真剣に取り組むときがやってきたように思うと話していました。
時を同じくして甲野善紀さんと荻野アンナさんによる次の本を図書館から借りて読み始めていたところでした。
『古武術で毎日がラクラク! 疲れない、ケガをしない「体の使い方」』(荻野アンナ 甲野善紀(監修) (著)、祥伝社黄金文庫)という入門書にあたる本を。
その本に書いてあることはすぐ役立ったように思っています。
2018年9月21日金曜日のブログで上野の東京都美術館に行ったと話していましたが、上野公園にはけっこう階段があります。
そこでさっそく階段を上るときに試してみました。
それは右手、右足を同時に出すナンバ歩きというものです。
けっこうな階段でしたが、楽に感じましたね。
他には椅子から楽に立ち上がる方法や疲れない立ち方などを都心に出たときに試してみました。
最近の都心へは上野の東京都美術館と孫の運動会に西大井があります。
いろいろ試してみましたが、今までよりはやはり楽になったような感じがします。
それから驚いたのは、この本の最後に甲野善紀さんの「師匠のあとがき」があり、そのなかで野口晴哉先生のことが次のように採りあげられていたことです。
◆いまは故人となられた整体協会の創始者、野口晴哉先生と、現在も親しく御教示をいただいている身体教育研究所の所長で晴哉先生の次男にあたられる野ロ裕之先生からの影響は、様々な面で言葉にできぬほど大きい。具体的な技法の上でも、本書で紹介させていただいている「三脈の法」や「鎮心の法」は、古くから武術や修験道等にも伝わっていた法でもあるが、整体協会で学んだことで一層確信が持てた。(p146-147)
この言葉に出会って、けいじが向かっている野口整体、松村 卓さんの「骨ストレッチ」、岡田慎一郎さんの「古武術介護」、甲野善紀さんの「古武術」という進路は間違っていないようだと確信しました。
野口整体については、カミさんもお気に入りのようで、「船橋全生整体院」にもう10回も通っているようですわ。
けいじが目指す古武術とは武術ではなく日常生活が楽になる身のこなし=所作のことです。
そこで、また次の本を昨日図書館に予約しました。
・『「筋肉」よりも「骨」を使え!』(甲野善紀、松村卓、ディスカヴァー・トゥエンティワン)
・『古武術に学ぶ身体操法』(甲野善紀、岩波書店)
さらに映像でも確認したいので次のDVDブックもアマゾンに注文しました。
・『甲野善紀と甲野陽紀の不思議なほど日常生活が楽になる身体の使い方 DVD映像120分 日常動作を磨く77のコツ』(甲野善紀、甲野陽紀、山と渓谷社 )
これは今日届きました。
これで日常生活での体の動かし方が今まで以上に楽になりそうですわ。
有り難いことです。
ありがとうございます。
2018年10月9日火曜日
2018年7月19日木曜日
今年の猛暑のしのぎ方、湿度コントロールによる高温多湿対策、除湿機とエアコンが大活躍
今年も猛暑がやってきました。
高温多湿の日々が続いています 。
「Y!天気」によると、習志野では昼の気温が最高で34度、朝の湿度が最高で90%となっています。
ギラギラとした眩しい反射光と室温の上昇を防ぐために、今年もリビングの厚手カーテン(普段は夜に閉める)を昼間にも閉めて過ごしています。
これについては、2017年8月9日水曜日のブログでも紹介していました。
ある日の朝、外のほうが風があって涼しいとカミさんが窓を開けていたことがありました。
なんかムシムシするなと湿度計を見てみると、70%をはるかに超えていました。
久しぶりにカミさんに文句を言ってしまいました。
朝の湿度は1日のうちで1番高いものですから、あっという間に外の湿気が家の中に入り込んで湿度計がはねあがったのでした。
「Y!天気」によると、その時の習志野の湿度は90%を超えていたようですから。
せっかく、60%前後に湿度をコントロールしていたのが無駄になってしまいました。
すぐ窓を閉めて、リビングのエアコンをつけました。
確かに、真夏の早朝の外気は気持ちいいと感じます。
それはなぜか?
極論すれば、ミストシャワーを浴びているようなものだから涼しく感じるのだと思います。
けいじが最近たどり着いた認識では、湿度は人体にとっては60%、建物家具類にとっては50%が最適だと思っています。
これは野口晴哉先生と澤田升男先生の受け売りですけどね。
そこで、今は60%前後に湿度をコントロールをしているわけです。
さすれば、この暑い日中でも、各部屋の室温は27度~29度台におさまっています。
日中はエアコンをまだ使わずにすんでいます。
30度を超えたら、北側洋室のエアコンをつけようとは考えています。
2017年7月23日日曜日のブログでも紹介しているように今は湿度コントロールに的を絞って対処しているおかげで暑さはあまり気にならなくなっています。
家しごとで汗をかいたら水浴びをするようにしています。
家のなかでは半ズボンに上はランニングシャツという出で立ちです。
湿度をコントロールしていると、この猛暑でもけっこうやっていけるものですわ。
振り返ってみると、今年もほぼ昨年と同じようなことをしているようです。
----------→
多湿時期なので基準値は60としています。
出社・帰宅するカミさんのために朝晩、リビングのエアコンは運転しています。
夜はカミさんがタイマーを使って運転しているようです。
全室に行き渡るようにドアはオープンにして。
これで各部屋の湿度が60%弱におさまってくれています。
カミさんが出社したら、エアコンを停止します。
すると、エアコンのクリーニングが自動的に始まり2時間ほどしたら停止します。
60を下回っていた湿度が徐々に上がってきます。
3か所(リビング、寝室、書斎)に置いてある湿度計が1つでも65になったら、寝室に置いてある除湿機(CV-F71)を運転します。
各室の湿度が60を下回ったら、除湿機を一旦停止して、湿度計の上がり具合を見ながら外の湿度の様子を探ります。
湿度計が65までぐんぐん上がるようであれば、除湿機の運転を再開します。
湿度計があまり上昇しないようであれば、外の湿度も下がっているようなので、北側のすべての窓を少しだけ開けて外気を取り込みます。
高温多湿のこの時期は南側の窓を開けることはなくなりました。
2016年8月11日(木)のブログでは、猛暑日に家の中で快適に過ごす方法を紹介していました。
その時は、まだ湿度コントロールの重要性に気づいていませんでした。
南側の窓を開けたりしていたので、室温が30度にもなったりしていました。
洗濯物を干したり取り込んだり、布団や靴などを干す時は出入りのためにガラス戸を開けることはあります。
それ以外では日中は閉めきったままです。
ブラインドやカーテンをして室温も上がらないようにしています。
これで室温は、この暑い時期でも27-28度台を保てています。
南側の窓を閉めておくだけでも、室温がそれほど上昇しないので、北側のエアコンは、修理以降まだ運転のチャンスが訪れていません。
換気扇は24時間換気と台所の換気を行っています。
扇風機(2012年製PJ-B3CLL-W)も使って室内の空気が流れるようにしています。
除湿機も扇風機もシャープのプラズマクラスターなので、閉め切っていてもニオイがこもるといったイヤな感じはないですね。
カミさんが休みで家に居るときは、日中でもリビングのエアコンが大活躍してますけどね。
←----------
変わったのは次のような点です。
①エアコンの自動クリーニングは今はOffにしています。
これが作動すると、室温・湿度が一気に上昇するからです。
しばらく使わないときは、自動クリーニングをすることにしています。
②今は外気があまりにも高温なので北側の窓は開けないことにしています。
③今では台所換気はガスレンジを使う時だけにしています。
④カミさんから帰宅時に「バスに乗ったよ」とLINEが入ったらリビングのエアコンをつけて迎える態勢にしています。
てなわけで、昨年よりは少し進化した猛暑のしのぎ方を実践していますわ。
有り難いことです。
ありがとうございます。
高温多湿の日々が続いています 。
「Y!天気」によると、習志野では昼の気温が最高で34度、朝の湿度が最高で90%となっています。
ギラギラとした眩しい反射光と室温の上昇を防ぐために、今年もリビングの厚手カーテン(普段は夜に閉める)を昼間にも閉めて過ごしています。
これについては、2017年8月9日水曜日のブログでも紹介していました。
ある日の朝、外のほうが風があって涼しいとカミさんが窓を開けていたことがありました。
なんかムシムシするなと湿度計を見てみると、70%をはるかに超えていました。
久しぶりにカミさんに文句を言ってしまいました。
朝の湿度は1日のうちで1番高いものですから、あっという間に外の湿気が家の中に入り込んで湿度計がはねあがったのでした。
「Y!天気」によると、その時の習志野の湿度は90%を超えていたようですから。
せっかく、60%前後に湿度をコントロールしていたのが無駄になってしまいました。
すぐ窓を閉めて、リビングのエアコンをつけました。
確かに、真夏の早朝の外気は気持ちいいと感じます。
それはなぜか?
極論すれば、ミストシャワーを浴びているようなものだから涼しく感じるのだと思います。
けいじが最近たどり着いた認識では、湿度は人体にとっては60%、建物家具類にとっては50%が最適だと思っています。
これは野口晴哉先生と澤田升男先生の受け売りですけどね。
そこで、今は60%前後に湿度をコントロールをしているわけです。
さすれば、この暑い日中でも、各部屋の室温は27度~29度台におさまっています。
日中はエアコンをまだ使わずにすんでいます。
30度を超えたら、北側洋室のエアコンをつけようとは考えています。
2017年7月23日日曜日のブログでも紹介しているように今は湿度コントロールに的を絞って対処しているおかげで暑さはあまり気にならなくなっています。
家しごとで汗をかいたら水浴びをするようにしています。
家のなかでは半ズボンに上はランニングシャツという出で立ちです。
湿度をコントロールしていると、この猛暑でもけっこうやっていけるものですわ。
振り返ってみると、今年もほぼ昨年と同じようなことをしているようです。
----------→
多湿時期なので基準値は60としています。
出社・帰宅するカミさんのために朝晩、リビングのエアコンは運転しています。
夜はカミさんがタイマーを使って運転しているようです。
全室に行き渡るようにドアはオープンにして。
これで各部屋の湿度が60%弱におさまってくれています。
カミさんが出社したら、エアコンを停止します。
すると、エアコンのクリーニングが自動的に始まり2時間ほどしたら停止します。
60を下回っていた湿度が徐々に上がってきます。
3か所(リビング、寝室、書斎)に置いてある湿度計が1つでも65になったら、寝室に置いてある除湿機(CV-F71)を運転します。
各室の湿度が60を下回ったら、除湿機を一旦停止して、湿度計の上がり具合を見ながら外の湿度の様子を探ります。
湿度計が65までぐんぐん上がるようであれば、除湿機の運転を再開します。
湿度計があまり上昇しないようであれば、外の湿度も下がっているようなので、北側のすべての窓を少しだけ開けて外気を取り込みます。
高温多湿のこの時期は南側の窓を開けることはなくなりました。
2016年8月11日(木)のブログでは、猛暑日に家の中で快適に過ごす方法を紹介していました。
その時は、まだ湿度コントロールの重要性に気づいていませんでした。
南側の窓を開けたりしていたので、室温が30度にもなったりしていました。
洗濯物を干したり取り込んだり、布団や靴などを干す時は出入りのためにガラス戸を開けることはあります。
それ以外では日中は閉めきったままです。
ブラインドやカーテンをして室温も上がらないようにしています。
これで室温は、この暑い時期でも27-28度台を保てています。
南側の窓を閉めておくだけでも、室温がそれほど上昇しないので、北側のエアコンは、修理以降まだ運転のチャンスが訪れていません。
換気扇は24時間換気と台所の換気を行っています。
扇風機(2012年製PJ-B3CLL-W)も使って室内の空気が流れるようにしています。
除湿機も扇風機もシャープのプラズマクラスターなので、閉め切っていてもニオイがこもるといったイヤな感じはないですね。
カミさんが休みで家に居るときは、日中でもリビングのエアコンが大活躍してますけどね。
←----------
変わったのは次のような点です。
①エアコンの自動クリーニングは今はOffにしています。
これが作動すると、室温・湿度が一気に上昇するからです。
しばらく使わないときは、自動クリーニングをすることにしています。
②今は外気があまりにも高温なので北側の窓は開けないことにしています。
③今では台所換気はガスレンジを使う時だけにしています。
④カミさんから帰宅時に「バスに乗ったよ」とLINEが入ったらリビングのエアコンをつけて迎える態勢にしています。
てなわけで、昨年よりは少し進化した猛暑のしのぎ方を実践していますわ。
有り難いことです。
ありがとうございます。
2018年6月17日日曜日
船橋全生整体院、野口整体を踏襲!?、3女とカミさんが施術を受ける
野口晴哉先生の整体についてはブログで何回も採りあげてきました。
野口整体を踏襲しているらしき整体が船橋に見つかりました。
それは「船橋全生整体院」といいます。
さっそく、LINEで家族に、特に整体好きの2女に勧めてみました。(20180513日)
すると3女から「行ってみたいですな」と反応がありました。(20180514月)
けいじは5月31日(木)に成田国際空港まで、孫娘一家を迎えに行っていました。
そこから家に向かう車中で3女はけいじのスマホを使って整体院に予約を入れていました。
予約は6月1日(金)の夕刻になったようでした。
その日は打ち合わせが入っていたようで、そのあとに整体院に行ったもようです。
娘は最近、腰が痛いと行ってました。
整体院では頭の使いすぎとストレスから体が固くなっているようなことを言われたようです。
いろいろな指摘がズバリと当たっていたようです。
体つきからも、子どものときからから今までのことを言い当てられたようです。
まるで占いのようだと感想をもらしていました。
カミさんは占いという言葉を聞いたとたんに自分も行ってみたいと言ってましたわ。
そのあと、すぐ予約を入れていました。
カミさんは、6月15日(金)の夕刻を予約していたようです。
その日の朝は仕事に出て、昼は船橋で昔のペット仲間とランチして、そのあと整体院に行ったようです。
整体が終わると、カミさんから「整体終わって買い物して今から電車乗るわ。今日はお風呂入っちゃダメなんだって。ビールもダメだって😥」とLINEが入ってきました。
帰るなり、他の整体と違ってぜんぜん力なんて入れないよ。
ソフトにタッチするだけだと言ってました。
それなのに、最近の体調について報告するとき、書き忘れていたことを指摘されたりして、驚いたようでしたわ。
3女のときのように、占いにあたるような指摘はなかったようです。
今までかかった整体とは異なっていて、あまりにもソフトに体にタッチするものだから、急激によくなったような感じがしないようなのです。
それなのに、なんかじわっと効果があらわれてくるように感じているようでもありました。
結局、カミさんはなんかよさそうに感じて次の予約もしてきたと言っていました。
3女とカミさんの話を聞く限りでは、野口整体を本格的に踏襲しようとしているように思われます。
それはホームページなどにもよくあらわれています。
これで家族が医療機関に係わらずに健康になってくれるのであれば、こんなに有り難いことはないですわ。
ありがとうございます。
野口整体を踏襲しているらしき整体が船橋に見つかりました。
それは「船橋全生整体院」といいます。
さっそく、LINEで家族に、特に整体好きの2女に勧めてみました。(20180513日)
すると3女から「行ってみたいですな」と反応がありました。(20180514月)
けいじは5月31日(木)に成田国際空港まで、孫娘一家を迎えに行っていました。
そこから家に向かう車中で3女はけいじのスマホを使って整体院に予約を入れていました。
予約は6月1日(金)の夕刻になったようでした。
その日は打ち合わせが入っていたようで、そのあとに整体院に行ったもようです。
娘は最近、腰が痛いと行ってました。
整体院では頭の使いすぎとストレスから体が固くなっているようなことを言われたようです。
いろいろな指摘がズバリと当たっていたようです。
体つきからも、子どものときからから今までのことを言い当てられたようです。
まるで占いのようだと感想をもらしていました。
カミさんは占いという言葉を聞いたとたんに自分も行ってみたいと言ってましたわ。
そのあと、すぐ予約を入れていました。
カミさんは、6月15日(金)の夕刻を予約していたようです。
その日の朝は仕事に出て、昼は船橋で昔のペット仲間とランチして、そのあと整体院に行ったようです。
整体が終わると、カミさんから「整体終わって買い物して今から電車乗るわ。今日はお風呂入っちゃダメなんだって。ビールもダメだって😥」とLINEが入ってきました。
帰るなり、他の整体と違ってぜんぜん力なんて入れないよ。
ソフトにタッチするだけだと言ってました。
それなのに、最近の体調について報告するとき、書き忘れていたことを指摘されたりして、驚いたようでしたわ。
3女のときのように、占いにあたるような指摘はなかったようです。
今までかかった整体とは異なっていて、あまりにもソフトに体にタッチするものだから、急激によくなったような感じがしないようなのです。
それなのに、なんかじわっと効果があらわれてくるように感じているようでもありました。
結局、カミさんはなんかよさそうに感じて次の予約もしてきたと言っていました。
3女とカミさんの話を聞く限りでは、野口整体を本格的に踏襲しようとしているように思われます。
それはホームページなどにもよくあらわれています。
これで家族が医療機関に係わらずに健康になってくれるのであれば、こんなに有り難いことはないですわ。
ありがとうございます。
2018年6月13日水曜日
宮川眞人さんの本『ゆがみを直す 整体学』、けいじの【椎間板ヘルニア、脊椎管狭窄症、座骨神経痛】、野口晴哉先生の本『整体入門』からも取り上げる
先のブログに続いて、宮川眞人さんの本『ゆがみを直す 整体学』(彩図社)からお送りします。
今回は、けいじにとって特に関心のあるテーマ、腰痛について採りあげてみたいと思います。
それでは、けいじがなるほどと思ったフレーズをピックアップしてみます。
【椎間板ヘルニア、脊椎管狭窄症、座骨神経痛】(p164-p166)
◆「椎間板ヘルニア」とか、「脊椎管狭窄症」という呼び名はよく聞きます。これらは、背骨の椎間板という軟骨が飛び出している、または、脊椎の椎骨と椎骨の聞が狭くなっているという意味です。
◆西洋医学はそれをそのまま原因としていますが、それでは、なぜ、椎間板が飛び出したり、椎骨間が狭くなってしまうのでしょうか。その理由こそ本質的原因のはずですが、そのことには医者は言及しません。老化の一言でかたづけてしまいます。
◆また、ヘルニアや狭窄症の手術をして良くなったという話は、私はあまり聞いたことがありません。
◆つまり何が言いたいのかといいますと、部分的に壊れたのでしたら、それは部分的に修復すれば元に戻るはずですが、部分的に背骨をくっつけたり削ったりして神経の通り道を作っても、痛みは再発するし、結局、酷くなる人が多いというのは、やはり、局所が問題ではないからではないか、ということです。
◆背骨は万病の元……ではなく、背骨は肩胛骨と骨盤をつないでいる支柱ですから、背骨のゆがみのところで前述しましたように、背骨は脚の伸びや肩胛骨の可動性を付けることによって、いくらでも柔軟性を取り戻し弾力が出るものです。
◆つまり、脊椎が狭窄したり椎間板がつぶれたりするのは、脚の伸びがなくなり腰が下がり、肩胛骨が外に開いている体型になっているからなのです。
◆その体型を残したまま、腰を部分的に手術したところで、また、負荷は背骨・腰骨にかかってきます。だから、外科的なものでは良くならないのです。
◆椎間板ヘルニアや脊椎管狭窄症の人も、側腹が硬直して非常に狭いというのが特徴です。そして、やはり、そういう人は、股関節の内股が非常に硬く左右開脚が苦手です。また、肩胛骨が外に開いていますので、前鋸筋が使えなくなっています。
◆後ろ手組の体操を普段から行なっていれば、胸郭の弾力で、なんとか脊柱は狭窄しないですみますので、後ろ手組の体操は欠かせません。
◆同様に、座骨神経痛というのも、本当は胸郭の硬直を伴って痛みが出てくるものだと考えられますので、座骨神経痛の方にも後ろ手組の体操は効果的です。
ここで、野口晴哉先生の本『整体入門』(ちくま文庫)からも腰にかかわる個所をピックアップしてみたいと思います。
【腰は体の要(かなめ)】(p188-p189)
●椎骨と椎骨の間にパッキングのような軟らかい組織があって、屈伸に応じて調節しているのですが、これが硬くなったり傷がついたりすると、椎間板ヘルニアを起こすのだそうです。分離症は骨が壊れるのだそうで、そのため、いろいろと難しい治療法が行なわれているのだそうですが、私は相手に腹に息を吸い込ませてそれと押しあって、相手の息が吸いから吐きに移る瞬間に急に手を放す、それだけで歩けるようになります。
●自分でも、息の吸い込み方、吐き方を工夫すればできます。だから、腹に力が集まらない人々が腰を壊すのだと思っております。頭の使いすぎ、肝臓の使いすぎ、頭の中の間抜け状態がその理由でしょう。
●私は四十何年前から、背骨のことに興味をもって見てまいりました。腰椎三番の狂っている人は立てません。寝返りもむずかしい。見ていると腰は体の要(かなめ)だナと思います。
●手もうまく動かない、顔を動かしても痛んでしようがない、といっている人もおりました。みな、前頭が弛緩し、腹に力がない、しかし、腹に力が入リ放しで抜けない人もおりました。七、八種体癖素質の人ですが、九種、一種体癖素質の人もそうとう多くおりました。しかし息をつめさせて放せば、動けるようになるのですから簡単です。だから、腹に息を吸い込むことを工夫すれば、壊れないでしょう。
【痛む人、動けない人】(p189-p190)
●水道配管工の腰の壊れは、ほとんどが腰椎五番です。サラリーマン生活をしている人は、腰椎一番です。腰椎一番の場合は腰がいつも痛い、ことに朝目覚めると痛い。巡査や、その他の立姿で暮らす人の腰の痛みは、腰椎一番です。ここの壊れる人は足の第一蹠骨(しょこつ、第一指の根本部分)が発達していない、ここへ力を集めるようにすれば予防もできる。
●腰椎五番が狂うと、立ったり坐ったりすることがむずかしい。ことにお辞儀するのが辛い。古くなると足の方へ痛みがひびく。故障はいろいろありますが、息の押し合いでどれもよくなるが、予防方法はその壊れ方の癖でいろいろある。へっぴリ腰で引張ったり、立ちつづけ、考えつづけで腰の痛むのは、足の親指の運動。呼吸と動作が合わないか、腹の筋が硬くなっているのは、上体を捻(ねじ)ると痛まないで動作できる位置があります。
●これには減食、活元運動がよい。動けない場合は、腹へ力を入れ抜きすることを素早く何回か繰り返す。これを時々やる。
●悪いうちは、右が痛いか、左が痛いか自分で判らない。真中が痛いなどというのは判らないのに答えている人です。左のこの部分がこのように痛い、と説明できる人はすぐ動けるようになる人です。ここか、ここかときくたびに痛んだ場所の違う人は、動けるようになっても痛む、もう一度やらなくてはいけない。たいていは二、三回でよくなりますが、頸椎が狂って腰の痛んだ人は、仙椎部をショックしないといけない。むずかしいがこれを行なうと頸椎のヘルニアがよくなってしまうのが多い。ムチウチ症の時など、首をいじるより治りが早い。
というわけで、背骨に係わるところは同じようですが、少し両者の対処方法に違いがあるように思います。
背骨などについて馴染みのない名称がでてきますから、けっこうとっつきにくいし理解しづらいものがあります。
それでも、けいじにとっては、今の医学より、こちらの方を信じる気になります。
理由はわかりませんが、本能的にそのように感じるから不思議です。
これらを少しづつ、ひも解いて腰痛の再発を防ぎたいものですわ。
有り難いことです。
ありがとうございます。
今回は、けいじにとって特に関心のあるテーマ、腰痛について採りあげてみたいと思います。
それでは、けいじがなるほどと思ったフレーズをピックアップしてみます。
【椎間板ヘルニア、脊椎管狭窄症、座骨神経痛】(p164-p166)
◆「椎間板ヘルニア」とか、「脊椎管狭窄症」という呼び名はよく聞きます。これらは、背骨の椎間板という軟骨が飛び出している、または、脊椎の椎骨と椎骨の聞が狭くなっているという意味です。
◆西洋医学はそれをそのまま原因としていますが、それでは、なぜ、椎間板が飛び出したり、椎骨間が狭くなってしまうのでしょうか。その理由こそ本質的原因のはずですが、そのことには医者は言及しません。老化の一言でかたづけてしまいます。
◆また、ヘルニアや狭窄症の手術をして良くなったという話は、私はあまり聞いたことがありません。
◆つまり何が言いたいのかといいますと、部分的に壊れたのでしたら、それは部分的に修復すれば元に戻るはずですが、部分的に背骨をくっつけたり削ったりして神経の通り道を作っても、痛みは再発するし、結局、酷くなる人が多いというのは、やはり、局所が問題ではないからではないか、ということです。
◆背骨は万病の元……ではなく、背骨は肩胛骨と骨盤をつないでいる支柱ですから、背骨のゆがみのところで前述しましたように、背骨は脚の伸びや肩胛骨の可動性を付けることによって、いくらでも柔軟性を取り戻し弾力が出るものです。
◆つまり、脊椎が狭窄したり椎間板がつぶれたりするのは、脚の伸びがなくなり腰が下がり、肩胛骨が外に開いている体型になっているからなのです。
◆その体型を残したまま、腰を部分的に手術したところで、また、負荷は背骨・腰骨にかかってきます。だから、外科的なものでは良くならないのです。
◆椎間板ヘルニアや脊椎管狭窄症の人も、側腹が硬直して非常に狭いというのが特徴です。そして、やはり、そういう人は、股関節の内股が非常に硬く左右開脚が苦手です。また、肩胛骨が外に開いていますので、前鋸筋が使えなくなっています。
◆後ろ手組の体操を普段から行なっていれば、胸郭の弾力で、なんとか脊柱は狭窄しないですみますので、後ろ手組の体操は欠かせません。
◆同様に、座骨神経痛というのも、本当は胸郭の硬直を伴って痛みが出てくるものだと考えられますので、座骨神経痛の方にも後ろ手組の体操は効果的です。
ここで、野口晴哉先生の本『整体入門』(ちくま文庫)からも腰にかかわる個所をピックアップしてみたいと思います。
【腰は体の要(かなめ)】(p188-p189)
●椎骨と椎骨の間にパッキングのような軟らかい組織があって、屈伸に応じて調節しているのですが、これが硬くなったり傷がついたりすると、椎間板ヘルニアを起こすのだそうです。分離症は骨が壊れるのだそうで、そのため、いろいろと難しい治療法が行なわれているのだそうですが、私は相手に腹に息を吸い込ませてそれと押しあって、相手の息が吸いから吐きに移る瞬間に急に手を放す、それだけで歩けるようになります。
●自分でも、息の吸い込み方、吐き方を工夫すればできます。だから、腹に力が集まらない人々が腰を壊すのだと思っております。頭の使いすぎ、肝臓の使いすぎ、頭の中の間抜け状態がその理由でしょう。
●私は四十何年前から、背骨のことに興味をもって見てまいりました。腰椎三番の狂っている人は立てません。寝返りもむずかしい。見ていると腰は体の要(かなめ)だナと思います。
●手もうまく動かない、顔を動かしても痛んでしようがない、といっている人もおりました。みな、前頭が弛緩し、腹に力がない、しかし、腹に力が入リ放しで抜けない人もおりました。七、八種体癖素質の人ですが、九種、一種体癖素質の人もそうとう多くおりました。しかし息をつめさせて放せば、動けるようになるのですから簡単です。だから、腹に息を吸い込むことを工夫すれば、壊れないでしょう。
【痛む人、動けない人】(p189-p190)
●水道配管工の腰の壊れは、ほとんどが腰椎五番です。サラリーマン生活をしている人は、腰椎一番です。腰椎一番の場合は腰がいつも痛い、ことに朝目覚めると痛い。巡査や、その他の立姿で暮らす人の腰の痛みは、腰椎一番です。ここの壊れる人は足の第一蹠骨(しょこつ、第一指の根本部分)が発達していない、ここへ力を集めるようにすれば予防もできる。
●腰椎五番が狂うと、立ったり坐ったりすることがむずかしい。ことにお辞儀するのが辛い。古くなると足の方へ痛みがひびく。故障はいろいろありますが、息の押し合いでどれもよくなるが、予防方法はその壊れ方の癖でいろいろある。へっぴリ腰で引張ったり、立ちつづけ、考えつづけで腰の痛むのは、足の親指の運動。呼吸と動作が合わないか、腹の筋が硬くなっているのは、上体を捻(ねじ)ると痛まないで動作できる位置があります。
●これには減食、活元運動がよい。動けない場合は、腹へ力を入れ抜きすることを素早く何回か繰り返す。これを時々やる。
●悪いうちは、右が痛いか、左が痛いか自分で判らない。真中が痛いなどというのは判らないのに答えている人です。左のこの部分がこのように痛い、と説明できる人はすぐ動けるようになる人です。ここか、ここかときくたびに痛んだ場所の違う人は、動けるようになっても痛む、もう一度やらなくてはいけない。たいていは二、三回でよくなりますが、頸椎が狂って腰の痛んだ人は、仙椎部をショックしないといけない。むずかしいがこれを行なうと頸椎のヘルニアがよくなってしまうのが多い。ムチウチ症の時など、首をいじるより治りが早い。
というわけで、背骨に係わるところは同じようですが、少し両者の対処方法に違いがあるように思います。
背骨などについて馴染みのない名称がでてきますから、けっこうとっつきにくいし理解しづらいものがあります。
それでも、けいじにとっては、今の医学より、こちらの方を信じる気になります。
理由はわかりませんが、本能的にそのように感じるから不思議です。
これらを少しづつ、ひも解いて腰痛の再発を防ぎたいものですわ。
有り難いことです。
ありがとうございます。
2018年5月20日日曜日
現代人は病気で他人に頼りすぎ⁉、体のゆがみを正す、それが健康への道
野口晴哉先生の本『整体入門』(ちくま文庫)を読み終えて、けいじの生活スタイルに少しずつ取り入れはじめました。
実際に適用・応用しようとすると、なかなか難しい面があります。
いろいろと試行錯誤しながらも、できる範囲で実践していこうと考えているところです。
けいじが野口先生の考え方で特に気に入っているところを野口語録としてピックアップしてみたいと思います。
◆ことに病気になった時など、他人の知識や後援をあてにして、こういう力を発揮しないで不平ばかりいっているようなことはおかしい。持っている自分の力を自覚しないで助けを求め、自分の体のことは、自分のカを発揮して処すべきことだと思わず、自分の大便を他人に気張ってもらって出すつもりでいるから、体の中に勢いが起こらない。痛いとか何とか、周囲の同情を求めるようにその声を使ってしまうから、自分の体の中の勢いにならない。だから、こういう力を喚び起こせない。体力がないようなことをいうが、そうではない。頼ることやすがることばかり考え、他人の力をあてにしているから、自分の力が働かないのである。持っている力が潜在したままで役に立たない。も少し困れば力が出せるかもしれないのに、庇ったり、守ったり、カを貸すことしか考えない周囲の人は、他人の排便を気張っていることに気づかねばなりません。その人は親切な行為と思っていても、他人の体の中に起こる勢いを消しているかもしれないのです。(p17)
◆私は、昔は病気を治療することを目的として、体を研究しておりました。その後、修理の繰り返しでは本当に人間は丈夫にできない、不摂生の後始末を上手にやれば、いよいよ不摂生し、ついには、自分の体を自分で管理することもできなくなってしまう。これは体の使い方を指導するようにしなくては、大勢の人を丈夫にするわけにはゆかないと気づいたので、整体指導をするような方向に転換したのです。(p184)
◆『整体入門』を出版しましたら、読んだ人が抵抗と感じましたのは、自分で自分の体を正すとか、自分の体は自分で管理せよということに対することでした。多くの人は長い間、病気は他人に治してもらうもの、自分の体の管理は専門家に任せるものという考えに慣らされてきたからでしょう。体の構造に無知な素人に何ができるかということですが、精子が人間に成育したのは、精子自身がつくったからです。眼も手も胃袋も、体の全部をつくって来たのです。知識が人間をつくったわけではありません。必要なものは栄養とし、不要なものは糞尿とし、毒なものは吐き痢して自分の体をつくって来たのです。インシュリンでもアドレナリンでも、またその他の自家用の薬でも、必要に応じてつくって生きているのです。代用薬を考える前に自家用薬を産み出すことを考え、他人の世話になる前に自分のちからの発揮を心がけるのは当然なことです。(p218)
◆自分の感じの中を確かめ、体の調子を知ることが管理の最初の問題なのだから、他人より自分が主役であるべきです。(p219)
というわけで、これを実践していくとなると、けっこう大変なわけです。
これを実践された方に直木賞作家の伊藤佳一さんがおられます。
本書の【あとがきに代えて】のあとに【潜在する自己治癒力】(p223-p227)という解説文を寄せておられます。
そこからも、野口語録に通じるものをピックアップしてみたいと思います。
▼整体は、生命を励ます健康の哲学だからである。この本には、その原理が、わかりやすく説かれている。整体では、治療とか治病とかいう言葉は使われていない。人間は自分の力で自分の症状を癒すので、整体操法者は、その潜在する自己治癒力の喚起を手伝うのである、と。(p226)
▼どこの病院をみても、待合室は、受診者であふれている。人は、自分自身の持つ治癒力をたよらず、すぐに無条件に病院をたよってしまうのであろう。この書が、一人でも多くの方に、健康への正しい考え方を、開眼させる指針となってもらえれば、と、私は祈ってやまない。(p226-p227)
伊藤佳一さんが老衰で亡くなられたのは、99歳のときでした。
野口先生は、くも膜下出血で65歳に亡くなっておられます。
これは、むかし難病などを治して他人の寿命を延ばしたことから、自分の命が削られたのかもしれませんね。
そんなことが書いてある本を昔読んだことがありますから。
それはさておき、けいじは4月初旬に風邪をひいていました。
その後、順調に経過したかにみえましたが、またぶり返しました。
その後もかなり経過してだいぶ良くなってきましたが、まだ鼻水、切れのよくない痰、時々の咳き込みが今も残っています。
これは、体が敏感になって、体の健康を保とうという働きが高まり、それに応じて、いろいろな変動があらわれてくる「反応」なのかもしれませんね。
このことは【反応には三段階がある】(p63-p65)と【反応の経過で注意すべきこと】(p65-p70)に詳細な説明があります。
これについては、同じようなことを、2011年12月31日(土)のブログにおいて、好転反応(ケミカライゼーション)として採りあげたことがありました。
野口整体は理論的に頭では理解したつもりですが、実際の適用・応用となると、なかなか難しいものがあります。
つい、他人に頼りたくなりますが、ここはこらえ時と自分に言い聞かせて、自力に頼ることにしています。
まさに、与えられたありがたい正念場を自力で乗り切っていこうとしているところです。
幸い、『ゆがみを直す 整体学』(宮川眞人、彩図社)という本も手元に届いています。
この本には図説が豊富にあるため、それを参考にしながら野口整体を読み解いています。
体のゆがみを直していくと、自然に健康になっていくように思っているところですわ。
有り難いことです。
ありがとうございます。
実際に適用・応用しようとすると、なかなか難しい面があります。
いろいろと試行錯誤しながらも、できる範囲で実践していこうと考えているところです。
けいじが野口先生の考え方で特に気に入っているところを野口語録としてピックアップしてみたいと思います。
◆ことに病気になった時など、他人の知識や後援をあてにして、こういう力を発揮しないで不平ばかりいっているようなことはおかしい。持っている自分の力を自覚しないで助けを求め、自分の体のことは、自分のカを発揮して処すべきことだと思わず、自分の大便を他人に気張ってもらって出すつもりでいるから、体の中に勢いが起こらない。痛いとか何とか、周囲の同情を求めるようにその声を使ってしまうから、自分の体の中の勢いにならない。だから、こういう力を喚び起こせない。体力がないようなことをいうが、そうではない。頼ることやすがることばかり考え、他人の力をあてにしているから、自分の力が働かないのである。持っている力が潜在したままで役に立たない。も少し困れば力が出せるかもしれないのに、庇ったり、守ったり、カを貸すことしか考えない周囲の人は、他人の排便を気張っていることに気づかねばなりません。その人は親切な行為と思っていても、他人の体の中に起こる勢いを消しているかもしれないのです。(p17)
◆私は、昔は病気を治療することを目的として、体を研究しておりました。その後、修理の繰り返しでは本当に人間は丈夫にできない、不摂生の後始末を上手にやれば、いよいよ不摂生し、ついには、自分の体を自分で管理することもできなくなってしまう。これは体の使い方を指導するようにしなくては、大勢の人を丈夫にするわけにはゆかないと気づいたので、整体指導をするような方向に転換したのです。(p184)
◆『整体入門』を出版しましたら、読んだ人が抵抗と感じましたのは、自分で自分の体を正すとか、自分の体は自分で管理せよということに対することでした。多くの人は長い間、病気は他人に治してもらうもの、自分の体の管理は専門家に任せるものという考えに慣らされてきたからでしょう。体の構造に無知な素人に何ができるかということですが、精子が人間に成育したのは、精子自身がつくったからです。眼も手も胃袋も、体の全部をつくって来たのです。知識が人間をつくったわけではありません。必要なものは栄養とし、不要なものは糞尿とし、毒なものは吐き痢して自分の体をつくって来たのです。インシュリンでもアドレナリンでも、またその他の自家用の薬でも、必要に応じてつくって生きているのです。代用薬を考える前に自家用薬を産み出すことを考え、他人の世話になる前に自分のちからの発揮を心がけるのは当然なことです。(p218)
◆自分の感じの中を確かめ、体の調子を知ることが管理の最初の問題なのだから、他人より自分が主役であるべきです。(p219)
というわけで、これを実践していくとなると、けっこう大変なわけです。
これを実践された方に直木賞作家の伊藤佳一さんがおられます。
本書の【あとがきに代えて】のあとに【潜在する自己治癒力】(p223-p227)という解説文を寄せておられます。
そこからも、野口語録に通じるものをピックアップしてみたいと思います。
▼整体は、生命を励ます健康の哲学だからである。この本には、その原理が、わかりやすく説かれている。整体では、治療とか治病とかいう言葉は使われていない。人間は自分の力で自分の症状を癒すので、整体操法者は、その潜在する自己治癒力の喚起を手伝うのである、と。(p226)
▼どこの病院をみても、待合室は、受診者であふれている。人は、自分自身の持つ治癒力をたよらず、すぐに無条件に病院をたよってしまうのであろう。この書が、一人でも多くの方に、健康への正しい考え方を、開眼させる指針となってもらえれば、と、私は祈ってやまない。(p226-p227)
伊藤佳一さんが老衰で亡くなられたのは、99歳のときでした。
野口先生は、くも膜下出血で65歳に亡くなっておられます。
これは、むかし難病などを治して他人の寿命を延ばしたことから、自分の命が削られたのかもしれませんね。
そんなことが書いてある本を昔読んだことがありますから。
それはさておき、けいじは4月初旬に風邪をひいていました。
その後、順調に経過したかにみえましたが、またぶり返しました。
その後もかなり経過してだいぶ良くなってきましたが、まだ鼻水、切れのよくない痰、時々の咳き込みが今も残っています。
これは、体が敏感になって、体の健康を保とうという働きが高まり、それに応じて、いろいろな変動があらわれてくる「反応」なのかもしれませんね。
このことは【反応には三段階がある】(p63-p65)と【反応の経過で注意すべきこと】(p65-p70)に詳細な説明があります。
これについては、同じようなことを、2011年12月31日(土)のブログにおいて、好転反応(ケミカライゼーション)として採りあげたことがありました。
野口整体は理論的に頭では理解したつもりですが、実際の適用・応用となると、なかなか難しいものがあります。
つい、他人に頼りたくなりますが、ここはこらえ時と自分に言い聞かせて、自力に頼ることにしています。
まさに、与えられたありがたい正念場を自力で乗り切っていこうとしているところです。
幸い、『ゆがみを直す 整体学』(宮川眞人、彩図社)という本も手元に届いています。
この本には図説が豊富にあるため、それを参考にしながら野口整体を読み解いています。
体のゆがみを直していくと、自然に健康になっていくように思っているところですわ。
有り難いことです。
ありがとうございます。
2018年4月19日木曜日
野口晴哉先生の『風邪の効用』、治ると治すの違い、いよいよ『整体入門』へと
昨日のブログで、けいじの目指す健康法は自然の摂理に任せるという考えであると話していました。
その考え方に示唆を与えてくれることばを野口晴哉先生の本『風邪の効用』(ちくま文庫)の【風邪は治療すべきものか】(p24-p26)から紹介していました。
さらに示唆を与えてくれることばが見つかりました。
【治ると治すの違い】(p40-p42)
◆だから治すということは病気を治すのでなくて、病気の経過を邪魔しないように、スムーズに経過できるように、体の要処要処の異常を調整し、体を整えて経過を待つというのが順序です。
◆最近の病気に対する考え方は、病気の恐いことだけ考えて、病気でさえあれば何でも治してしまわなくてはならない、しかも早く治してしまわなければならないと考えられ、人間が生きていく上での体全体の動き、或は体の自然というものを無視している。
◆仕事のために早く治す、何々をするために急いで下痢を止めるというようなことばかりやっているので、体の自然のバランスというものがだんだん失われ、風邪をスムーズに経過し難い人が多くなってきました。
◆しかし愉気法をやって何回か風邪を経過すると、その都度に非常に早く経過するようになり、ごく簡単な変化で風邪を引き、風邪を引くと同時に、或る場処を愉気してもらいたい要求が出てきて、そこを愉気すると皆早く抜ける。
◆だんだんに風邪の宵越しをしなくなるようになっていくわけですが、愉気法以外の方法では、風邪を治した治したと言う度に、だんだん風邪の経過に鈍くなり、風邪を引いた後も疲れが抜けないのです。
◆愉気法をやると疲れが抜けて体がサッパリし、方々の弾力性が恢復するのに、それが起こってこない。だから同じ経過したといっても、自然に治ったというのと、治したというのではかなり違うようです。従って早く治せばいいという考えだけで病気に処することは、別の考え方からいえば、寿命を削る行為ともいえると思うのです。
◆早く治すというのがよいのではない。遅く治るというのがよいのでもない。その体にとって自然の経過を通ることが望ましい。できれば、早く経過できるような敏感な体の状態を保つことが望ましいのであって、体の弾力性というものから人間の体を考えていきますと、風邪は弾力性を恢復させる機会になります。
◆不意に偶然に重い病気になるというようなのは、体が鈍って弾力性を欠いた結果に他ならない。体を丁寧に見ていると、風邪は決して恐くないのです。
確かに、最近の病気に対する考え方は、人間が生きていく上での体全体の動き、或は体の自然というものを無視していますね。
けいじも今まではこのような考え方に洗脳されていたように思います。
「愉気法」(ゆきほう)ということばが出てきたので、いよいよ先生の『整体入門』(ちくま文庫)を読んでみようと思いました。
本の説明に「自分の力で自分の症状を癒す、数ある整体法の中でもっともベーシックでシンプルな操法と原理が、この1冊にまるごと収められました!」とありました。
昔、おやじに勧められて読んだ記憶があるのですが、ほとんど覚えていないですね。
ようやく、けいじに受入れの態勢・環境が整ったということですかな。
有り難いことですわ。
ありがとうございます。
その考え方に示唆を与えてくれることばを野口晴哉先生の本『風邪の効用』(ちくま文庫)の【風邪は治療すべきものか】(p24-p26)から紹介していました。
さらに示唆を与えてくれることばが見つかりました。
【治ると治すの違い】(p40-p42)
◆だから治すということは病気を治すのでなくて、病気の経過を邪魔しないように、スムーズに経過できるように、体の要処要処の異常を調整し、体を整えて経過を待つというのが順序です。
◆最近の病気に対する考え方は、病気の恐いことだけ考えて、病気でさえあれば何でも治してしまわなくてはならない、しかも早く治してしまわなければならないと考えられ、人間が生きていく上での体全体の動き、或は体の自然というものを無視している。
◆仕事のために早く治す、何々をするために急いで下痢を止めるというようなことばかりやっているので、体の自然のバランスというものがだんだん失われ、風邪をスムーズに経過し難い人が多くなってきました。
◆しかし愉気法をやって何回か風邪を経過すると、その都度に非常に早く経過するようになり、ごく簡単な変化で風邪を引き、風邪を引くと同時に、或る場処を愉気してもらいたい要求が出てきて、そこを愉気すると皆早く抜ける。
◆だんだんに風邪の宵越しをしなくなるようになっていくわけですが、愉気法以外の方法では、風邪を治した治したと言う度に、だんだん風邪の経過に鈍くなり、風邪を引いた後も疲れが抜けないのです。
◆愉気法をやると疲れが抜けて体がサッパリし、方々の弾力性が恢復するのに、それが起こってこない。だから同じ経過したといっても、自然に治ったというのと、治したというのではかなり違うようです。従って早く治せばいいという考えだけで病気に処することは、別の考え方からいえば、寿命を削る行為ともいえると思うのです。
◆早く治すというのがよいのではない。遅く治るというのがよいのでもない。その体にとって自然の経過を通ることが望ましい。できれば、早く経過できるような敏感な体の状態を保つことが望ましいのであって、体の弾力性というものから人間の体を考えていきますと、風邪は弾力性を恢復させる機会になります。
◆不意に偶然に重い病気になるというようなのは、体が鈍って弾力性を欠いた結果に他ならない。体を丁寧に見ていると、風邪は決して恐くないのです。
確かに、最近の病気に対する考え方は、人間が生きていく上での体全体の動き、或は体の自然というものを無視していますね。
けいじも今まではこのような考え方に洗脳されていたように思います。
「愉気法」(ゆきほう)ということばが出てきたので、いよいよ先生の『整体入門』(ちくま文庫)を読んでみようと思いました。
本の説明に「自分の力で自分の症状を癒す、数ある整体法の中でもっともベーシックでシンプルな操法と原理が、この1冊にまるごと収められました!」とありました。
昔、おやじに勧められて読んだ記憶があるのですが、ほとんど覚えていないですね。
ようやく、けいじに受入れの態勢・環境が整ったということですかな。
有り難いことですわ。
ありがとうございます。
2018年4月18日水曜日
けいじの健康法、自然の摂理に任せる、野口晴哉先生の『風邪の効用』に示唆が
けいじは健康法について今まで特別なこだわりがありました。
それは摩訶不思議な健康法というものが何かあるのではないかと、ずっと思い続けてきたことです。
自然に授かった体ですから自然に回復・維持する方法が何かあるのではないかと。
腰痛があっても、左右の視力バランスが悪く白内障が進んでいても、今のところ医療行為には走っていません。
そのような健康法を示唆するようなことばが、野口晴哉先生の本『風邪の効用』(ちくま文庫)にありました。
この本は奥が深いので、しっかりと内容を身に付けるべく、今また読み直しているところでした。
そこで、示唆を与えてくれていることばに出会ったわけです。
そのことばを【風邪は治療すべきものか】(p24-p26)から抜粋してみます。
◆私は体を整える方を主にするのだから、病気を治すために体を悪くするようなことは嫌だと思っている。例えば、瘭疽(ひょうそ)などをすれば指を切ってこれで治ったと言うのですけれども、切った指は永久にそのまま歪んだ形をしている。そういうのは治ったのではなくて、瘭疽(ひょうそ)の他にもう一つ、治療と称して体を傷つけたのだと私は思うのです。そういうのは本当の治療ではない。
◆だからそういうことをするのが治療だと考えていることが間違いなのです。やはり天然のまま傷つけず、むしろそれを鈍らせず、萎縮させず、自然のままの体であるようにするのでなければ、本当の意昧の治療とはいえないのではあるまいか。
◆最近のように臓器を除られている人が多いと、私のように体の自然のはたらきというものを利用して健康を保って行こうとするものには、とても不便なのです。
◆まあ心臓がないという人はありませんが、腎臓がなかったり、子宮がなかったり、卵巣がなかったりする人はザラで、そういう人を円満に治そうなどと考えても不可能である。だからいちいち、どこか切った処はありませんかと訊かなくてはならない。
◆とにかく、天然の体をできるだけ天然に保たなくてはならない。そうなるといろいろな治療行為よりは、却って風邪を上手に引き、上手に経過するということの方が意義があるのではなかろうか。だからいろいろな病気を治す方法よりは、風邪を上手に経過する生活法といいますか、それを会得しておけば、癌になるとか、脳溢血になるとか、そういう麻痺した体も正すことができる。従ってそういうような病気にならないですむ。
これを読んでいて、風邪もそうですが、腰痛も上手に経過するのがいいのではないかと思いましたわ。
つまり、けいじの風邪、それに腰痛は大病しないために天が与え給うた無理しないためのセンサーなのではないかと。
そのように考えてみると、腑に落ちるところがありますわ。
これは有り難いことです。
ありがとうございます。
それは摩訶不思議な健康法というものが何かあるのではないかと、ずっと思い続けてきたことです。
自然に授かった体ですから自然に回復・維持する方法が何かあるのではないかと。
腰痛があっても、左右の視力バランスが悪く白内障が進んでいても、今のところ医療行為には走っていません。
そのような健康法を示唆するようなことばが、野口晴哉先生の本『風邪の効用』(ちくま文庫)にありました。
この本は奥が深いので、しっかりと内容を身に付けるべく、今また読み直しているところでした。
そこで、示唆を与えてくれていることばに出会ったわけです。
そのことばを【風邪は治療すべきものか】(p24-p26)から抜粋してみます。
◆私は体を整える方を主にするのだから、病気を治すために体を悪くするようなことは嫌だと思っている。例えば、瘭疽(ひょうそ)などをすれば指を切ってこれで治ったと言うのですけれども、切った指は永久にそのまま歪んだ形をしている。そういうのは治ったのではなくて、瘭疽(ひょうそ)の他にもう一つ、治療と称して体を傷つけたのだと私は思うのです。そういうのは本当の治療ではない。
◆だからそういうことをするのが治療だと考えていることが間違いなのです。やはり天然のまま傷つけず、むしろそれを鈍らせず、萎縮させず、自然のままの体であるようにするのでなければ、本当の意昧の治療とはいえないのではあるまいか。
◆最近のように臓器を除られている人が多いと、私のように体の自然のはたらきというものを利用して健康を保って行こうとするものには、とても不便なのです。
◆まあ心臓がないという人はありませんが、腎臓がなかったり、子宮がなかったり、卵巣がなかったりする人はザラで、そういう人を円満に治そうなどと考えても不可能である。だからいちいち、どこか切った処はありませんかと訊かなくてはならない。
◆とにかく、天然の体をできるだけ天然に保たなくてはならない。そうなるといろいろな治療行為よりは、却って風邪を上手に引き、上手に経過するということの方が意義があるのではなかろうか。だからいろいろな病気を治す方法よりは、風邪を上手に経過する生活法といいますか、それを会得しておけば、癌になるとか、脳溢血になるとか、そういう麻痺した体も正すことができる。従ってそういうような病気にならないですむ。
これを読んでいて、風邪もそうですが、腰痛も上手に経過するのがいいのではないかと思いましたわ。
つまり、けいじの風邪、それに腰痛は大病しないために天が与え給うた無理しないためのセンサーなのではないかと。
そのように考えてみると、腑に落ちるところがありますわ。
これは有り難いことです。
ありがとうございます。
2018年4月16日月曜日
野口晴哉先生の『風邪の効用』、寝返りの重要性にも言及、これぞ自然な整体か!?
2018年4月13日(金)のブログでは、けいじが今まで問題視してきたアキレス腱の冷え、湿度、すきま風の影響について、野口晴哉先生の本『風邪の効用』(ちくま文庫)から回答を引き出していました。
もう一つありました。
それは「寝返り」についてです。
「寝返り」の重要性については幾度となくブログで採りあげてきました。
この本でも寝返りと風邪の関係について語っている個所がありました。
【寝相は活元運動】(p53-p54)
◆だいたい風邪を引く前は皆、寝相が悪くなるものです。潜在している偏り疲労が順々に恢復しようとする動きを起こすので皆、寝相が悪くなる。寝相が悪いので風邪を引いたという人がありますが、風邪を引く過程として寝相が悪くなるので、無理に寝相を良くしていたら風邪を引かないどころでない、もっと重い病気にかからなければ間に合わない体になってしまう。
◆或る人が子供の寝相が悪いといって、蒲団の四隅を縛って動けないようにして寝かせました。すると子供はしょっちゅう風邪を引いて肺炎を起こしていました。それで私が「これは寝相が良過ぎる、だから肺炎まで行くのだ。もっと寝ている間に自由に運動すれば、疲労を調節して簡単な風邪で通るはずだ」と言ったら、「いいえ寝相が悪いと風邪を引きますので、蒲団をしっかり縛って動けないようにしておきました」と。「それで風邪を引かないで肺炎になるのですよ。そんなことをしていたらこれからも同じことを繰り返すでしょうな」と言ったら、慌てて蒲団を解いて寝かせることにしました。寝相が悪いというのは疲労を恢復するための活元運動のようなものなのです。だからそれを抑えてはいけない。寝相が悪くて風邪を引くというのではなくて、風邪を引く過程として寝相が悪くなり、偏り疲労を治そうとする要求、或は体周期律の亢(たか)まりが起こって、それから風邪になるのです。風邪を引いてしまうと疲労が平均するから、俄然、寝相は良くなる。だから眠る時に蒲団の四隅を縛ったり、自分で寝相が悪いのはみっともないと思って硬くなって寝ている人がありますが、眠る時だけは、少なくとも風邪を引いた時には、すっかり気を弛めて眠るということが大切なので、そういう格好を見られると嫌な人は、なるべく一人の部屋で眠るようになさい。
やはり眠るときは、特に風邪を引いたときなどには、思う存分に寝返りをさせてあげるのがいいのですね。
この本には、随所に体を自然に戻す・調整する自然な整体法、つまり無理のない整体のコツが語られていますわ。
有り難いことです。
ありがとうございます。
もう一つありました。
それは「寝返り」についてです。
「寝返り」の重要性については幾度となくブログで採りあげてきました。
この本でも寝返りと風邪の関係について語っている個所がありました。
【寝相は活元運動】(p53-p54)
◆だいたい風邪を引く前は皆、寝相が悪くなるものです。潜在している偏り疲労が順々に恢復しようとする動きを起こすので皆、寝相が悪くなる。寝相が悪いので風邪を引いたという人がありますが、風邪を引く過程として寝相が悪くなるので、無理に寝相を良くしていたら風邪を引かないどころでない、もっと重い病気にかからなければ間に合わない体になってしまう。
◆或る人が子供の寝相が悪いといって、蒲団の四隅を縛って動けないようにして寝かせました。すると子供はしょっちゅう風邪を引いて肺炎を起こしていました。それで私が「これは寝相が良過ぎる、だから肺炎まで行くのだ。もっと寝ている間に自由に運動すれば、疲労を調節して簡単な風邪で通るはずだ」と言ったら、「いいえ寝相が悪いと風邪を引きますので、蒲団をしっかり縛って動けないようにしておきました」と。「それで風邪を引かないで肺炎になるのですよ。そんなことをしていたらこれからも同じことを繰り返すでしょうな」と言ったら、慌てて蒲団を解いて寝かせることにしました。寝相が悪いというのは疲労を恢復するための活元運動のようなものなのです。だからそれを抑えてはいけない。寝相が悪くて風邪を引くというのではなくて、風邪を引く過程として寝相が悪くなり、偏り疲労を治そうとする要求、或は体周期律の亢(たか)まりが起こって、それから風邪になるのです。風邪を引いてしまうと疲労が平均するから、俄然、寝相は良くなる。だから眠る時に蒲団の四隅を縛ったり、自分で寝相が悪いのはみっともないと思って硬くなって寝ている人がありますが、眠る時だけは、少なくとも風邪を引いた時には、すっかり気を弛めて眠るということが大切なので、そういう格好を見られると嫌な人は、なるべく一人の部屋で眠るようになさい。
やはり眠るときは、特に風邪を引いたときなどには、思う存分に寝返りをさせてあげるのがいいのですね。
この本には、随所に体を自然に戻す・調整する自然な整体法、つまり無理のない整体のコツが語られていますわ。
有り難いことです。
ありがとうございます。
2018年4月13日金曜日
野口晴哉先生の本『風邪の効用』、ブログで採りあげた問題の解が見つかる、アキレス腱の冷え、湿度、すきま風の影響について
野口晴哉先生の本『風邪の効用』(ちくま文庫)からは教わることが多々あります。
けいじが今まで試行錯誤してきた健康上の問題について、いろいろと答えを出してくれています。
例えば、アキレス腱の冷え、湿度、すきま風の影響について。
①アキレス腱の冷えについては、2014年6月11日(水)のブログ『アキレス腱での冷え感知法、腰痛防止に役立つ』において、アキレス腱の冷えについて話していました。
それ以来、腰休めのときには足の親指と人差し指で片方のアキレス腱の部位をはさんで、冷たいかを探ります。
冷たければ、冷たい感じがなくなるまで足底で「ふくらはぎマッサージ」を行います。
冷えがなくなったところで、次の作業に着手するという具合にしています。
先生の本では190ページに【アキレス腱を温める】というのがありました。
◆疲れの中でも、特に大脳の疲れ、額が熱くて、頬が冷たい、そういう人はここを温める。
とありました。
けいじの場合は、ここを温めると腰痛防止に一役買っているように思います。
②湿度については、ブログで何度も採りあげてきました。
2016年9月9日(金)のブログでは、湿度コントロールに取り組んでいることを話していました。
先生の本の【冬の風邪】(p168-169)では、人間に最適な湿度を教えてくれています。
◆湿度は65パーセントを越さないよう注意せねばなりません。60パーセントを2、3パーセント前後する辺りが人間には好適です。湿度は多いより少ない方がよく、乾いた空気の中で水を飲むこと、これは健康を増進するのに役立ちます。
◆体が乾いたら水を飲むこと。ただ、乾いてからガブガブ飲んでも、水は素通りするだけで吸収されない。まず一口、口に含んで、しばらくして吐き、改めて少しずつ飲む。風邪の時もこの要領で飲めば風邪は抜けます。
冬、ストーブに水を入れた容器を乗せて湯気を立てているのは、人間の体の保全という点では鬱滞を多くし、弛緩させるので、多すぎるし湿度は衛生上よろしくないとおっしゃっています。
また、【梅雨時の体の使い方】(p161-163)においても、湿気の問題を取り上げています。
◆梅雨になると、どういう体が故障を起こしやすいかといえば、湿気で皮膚を包まれると一番影響を受けるのは、泌尿器と呼吸器である。普通人でもあまり湿気が多いと蒸し暑く、息苦しく感ずる。蒸し暑い時は体を積極的に動かし、息苦しくだるい時は深呼吸をすると、そういう感じは薄らぎ、思い切って大股に5、6歩歩けば、だるいのがとれる。坐骨神経の周辺の筋硬直がだるさの原因であり、息苦しいのはその影響です。それを伸ばすように歩いてみると、すぐ体で判る。
◆湿気で鉄の錆びることは御存知と思うが、人体の構成物質にも、その湿気で錆びる鉄があることを考え、停滞しないよう積極的に動かすことを行なうべきでしょう。
③すきま風の影響については、次のブログで採りあげていました。
2016年7月9日(土)『腰痛サインあらわる、夜風の寝冷えによる、軽症で助かる』
2017年9月27日(水)『腰痛再発省みて、窓開けによる足の冷えから⁉、車の運転にもチャレンジする気が起こる』
それに対する答えが【梅雨時の体の使い方】(p161-163)、【夏の風】(p164-166)に述べられていました。
◆梅雨時の風邪は汗を引っ込めた捻れ風邪。四月と違って捻れ体癖の人に多い。汗の引っ込むのは風、特に隙間風である。寒い頃は注意している人も多いが、梅雨頃にはツイうっかりして冷やす。捻れ体癖の子供をもっている人は早目に蚊帳を吊ったらよい。蚊帳は蚊のためより、風や、暁方の気温で冷やすことを予防するのに効果がある。しかし眠っている時以外は積極的に勉強し運動していれば、
警戒の必要はない。
◆7月ともなれば汗の始末のことを考えねばならないはずだが、汗が出るような暑さが続く間は汗の始末はあまり考えなくてよい。汗が出れば疲れは抜ける。夏働ける理由だ。
◆9月の終わり、汗が出るほど暑いが、風が冷たいというようになると汗の始末が急に必要になる。それは出た汗が引っ込んでしまうからだ。引っ込むと皮膚が鈍り、筋が硬くなる。汗の内攻というような、いろいろの現象が生ずる。夏風邪もその一つだし、だるい、重いもその一つである。風に当たってもすぐ汗の出る季節は心配ないのだが、近頃はルームクーラーの普及と乱用によって、秋の入口
の心配を七月からしなければならなくなりました。
◆背に涼風を長く受けないこと。湯上りの汗を扇風機で乾かさないこと。特に汗をかいた赤ちゃんを風通しのよい場所に寝かせないこと。クーラーの前は最もいけない。クーラーの風を直接体に受けぬことが特に必要。汗は拭くこと、これが第一。もっとも体力が充実している間は心配はない。また涼風も、前から受けるものは警戒しないでもよいが、背中に風を受ける時は汗を拭うことが必要。幼児と60を越した人はこういう消極的な注意が要る。
◆だから、冬は窓を開けて眠ることはよいが、夏はいけない。涼しいのはよいが、風を直接肌に当てるのは起きている間だけで、眠ってからはいけない。夏の衛生はそれと、動くこと、汗をかくこと。
◆毎年のことだが、夜眠る頃暑く、暁方冷える頃になると、夏風邪、神経痛、リューマチ風の筋肉痛、脚がだるい、眼が痛む、腹痛、腰痛、胸痛、頭痛、吐気等々が伴う状態の人が多くなるが、朝起きて脚湯を三分して擦るようによく拭くと、いろいろの症状がなくなってしまう。クーラーの強い部屋に長くいた時なども同じで、脚が冷えたための現象と考えられます。
というわけで、やはり夏のすきま風、窓を開けて寝るのはよくなかったのでした。
人間の体を知り尽くした野口整体だけあって奥が深いですわ。
自分のモノにするにはちょっと難しそうですけどね。
2018年4月10日(火)のブログで、風邪の経過方法について、後日まとめて紹介したいと話していましたが、これも時間がかかりそうです。
この機会に先生の他の本も読みなおしてみますかな。
この本を貸してくれた、婿殿には感謝ですわ。
有り難いことです。
けいじが今まで試行錯誤してきた健康上の問題について、いろいろと答えを出してくれています。
例えば、アキレス腱の冷え、湿度、すきま風の影響について。
①アキレス腱の冷えについては、2014年6月11日(水)のブログ『アキレス腱での冷え感知法、腰痛防止に役立つ』において、アキレス腱の冷えについて話していました。
それ以来、腰休めのときには足の親指と人差し指で片方のアキレス腱の部位をはさんで、冷たいかを探ります。
冷たければ、冷たい感じがなくなるまで足底で「ふくらはぎマッサージ」を行います。
冷えがなくなったところで、次の作業に着手するという具合にしています。
先生の本では190ページに【アキレス腱を温める】というのがありました。
◆疲れの中でも、特に大脳の疲れ、額が熱くて、頬が冷たい、そういう人はここを温める。
とありました。
けいじの場合は、ここを温めると腰痛防止に一役買っているように思います。
②湿度については、ブログで何度も採りあげてきました。
2016年9月9日(金)のブログでは、湿度コントロールに取り組んでいることを話していました。
先生の本の【冬の風邪】(p168-169)では、人間に最適な湿度を教えてくれています。
◆湿度は65パーセントを越さないよう注意せねばなりません。60パーセントを2、3パーセント前後する辺りが人間には好適です。湿度は多いより少ない方がよく、乾いた空気の中で水を飲むこと、これは健康を増進するのに役立ちます。
◆体が乾いたら水を飲むこと。ただ、乾いてからガブガブ飲んでも、水は素通りするだけで吸収されない。まず一口、口に含んで、しばらくして吐き、改めて少しずつ飲む。風邪の時もこの要領で飲めば風邪は抜けます。
冬、ストーブに水を入れた容器を乗せて湯気を立てているのは、人間の体の保全という点では鬱滞を多くし、弛緩させるので、多すぎるし湿度は衛生上よろしくないとおっしゃっています。
また、【梅雨時の体の使い方】(p161-163)においても、湿気の問題を取り上げています。
◆梅雨になると、どういう体が故障を起こしやすいかといえば、湿気で皮膚を包まれると一番影響を受けるのは、泌尿器と呼吸器である。普通人でもあまり湿気が多いと蒸し暑く、息苦しく感ずる。蒸し暑い時は体を積極的に動かし、息苦しくだるい時は深呼吸をすると、そういう感じは薄らぎ、思い切って大股に5、6歩歩けば、だるいのがとれる。坐骨神経の周辺の筋硬直がだるさの原因であり、息苦しいのはその影響です。それを伸ばすように歩いてみると、すぐ体で判る。
◆湿気で鉄の錆びることは御存知と思うが、人体の構成物質にも、その湿気で錆びる鉄があることを考え、停滞しないよう積極的に動かすことを行なうべきでしょう。
③すきま風の影響については、次のブログで採りあげていました。
2016年7月9日(土)『腰痛サインあらわる、夜風の寝冷えによる、軽症で助かる』
2017年9月27日(水)『腰痛再発省みて、窓開けによる足の冷えから⁉、車の運転にもチャレンジする気が起こる』
それに対する答えが【梅雨時の体の使い方】(p161-163)、【夏の風】(p164-166)に述べられていました。
◆梅雨時の風邪は汗を引っ込めた捻れ風邪。四月と違って捻れ体癖の人に多い。汗の引っ込むのは風、特に隙間風である。寒い頃は注意している人も多いが、梅雨頃にはツイうっかりして冷やす。捻れ体癖の子供をもっている人は早目に蚊帳を吊ったらよい。蚊帳は蚊のためより、風や、暁方の気温で冷やすことを予防するのに効果がある。しかし眠っている時以外は積極的に勉強し運動していれば、
警戒の必要はない。
◆7月ともなれば汗の始末のことを考えねばならないはずだが、汗が出るような暑さが続く間は汗の始末はあまり考えなくてよい。汗が出れば疲れは抜ける。夏働ける理由だ。
◆9月の終わり、汗が出るほど暑いが、風が冷たいというようになると汗の始末が急に必要になる。それは出た汗が引っ込んでしまうからだ。引っ込むと皮膚が鈍り、筋が硬くなる。汗の内攻というような、いろいろの現象が生ずる。夏風邪もその一つだし、だるい、重いもその一つである。風に当たってもすぐ汗の出る季節は心配ないのだが、近頃はルームクーラーの普及と乱用によって、秋の入口
の心配を七月からしなければならなくなりました。
◆背に涼風を長く受けないこと。湯上りの汗を扇風機で乾かさないこと。特に汗をかいた赤ちゃんを風通しのよい場所に寝かせないこと。クーラーの前は最もいけない。クーラーの風を直接体に受けぬことが特に必要。汗は拭くこと、これが第一。もっとも体力が充実している間は心配はない。また涼風も、前から受けるものは警戒しないでもよいが、背中に風を受ける時は汗を拭うことが必要。幼児と60を越した人はこういう消極的な注意が要る。
◆だから、冬は窓を開けて眠ることはよいが、夏はいけない。涼しいのはよいが、風を直接肌に当てるのは起きている間だけで、眠ってからはいけない。夏の衛生はそれと、動くこと、汗をかくこと。
◆毎年のことだが、夜眠る頃暑く、暁方冷える頃になると、夏風邪、神経痛、リューマチ風の筋肉痛、脚がだるい、眼が痛む、腹痛、腰痛、胸痛、頭痛、吐気等々が伴う状態の人が多くなるが、朝起きて脚湯を三分して擦るようによく拭くと、いろいろの症状がなくなってしまう。クーラーの強い部屋に長くいた時なども同じで、脚が冷えたための現象と考えられます。
というわけで、やはり夏のすきま風、窓を開けて寝るのはよくなかったのでした。
人間の体を知り尽くした野口整体だけあって奥が深いですわ。
自分のモノにするにはちょっと難しそうですけどね。
2018年4月10日(火)のブログで、風邪の経過方法について、後日まとめて紹介したいと話していましたが、これも時間がかかりそうです。
この機会に先生の他の本も読みなおしてみますかな。
この本を貸してくれた、婿殿には感謝ですわ。
有り難いことです。
2018年4月10日火曜日
神戸旅行と風邪で新聞がたまる、ようやく整理がつく、いい記事見っけ!?
たまっていた新聞がようやく片づきました。
神戸旅行に加え、帰ってからの風邪により、新聞の整理がはかどっていませんでした。
風邪の諸症状で鬱陶しい日々が続いていましたから、さっぱりやる気も起きませんでしたしね。
ようやく風邪が経過してくれたもようです。
3月31日(土)のブログでお話ししていた本『風邪の効用』(野口晴哉、ちくま文庫)もようやく読み終えました。
けいじの風邪の経過方法には反省すべき点が多々あるようです。
だから、経過に人一倍時間がかかってしまうようですね。
後日、まとめて紹介したいと思っています。
新聞を整理していると、やはり拾い上げたくなる記事がいくつかあるものですね。
そのうちの1つを紹介したいと思います。
3月23日(金)の[ぷらざ]に『「物には住所がある」整理整頓』(神奈川県横須賀市・田中睦子79)という記事がありました。
◆近所にある兄の家は、いつ訪れても、すっきりと片付いている。ある時、私がきれいな部屋に目をやりながら感心していると、義姉が「物には住所がある」と説明してくれた。物を使った後は必ず、その住所である定位置に戻すということを、兄たちはずっと続けているのだという。
◆今後、年を重ねるごとに足元がますますおぼつかなくなるだろう。でも、物を定位置に戻すことを面倒がらずに実行し、快適に過ごしていきたい。
なかなか参考になる記事なので、家族にLINEで「片づけ術です❕」と知らせました。
すると、さっそく3女から「うちも物の住所ありまーす👍」と反応がありました。
ちゃんとやってるんだと思いましたわ。
けいじも、うっかりしない限りは物を使ったら元の場所に戻すように励行しています。
この[ぷらざ]には少し前にもいい記事がありました。
『スマホ楽しむ88歳の義母』(2018年3月19日(月)埼玉県上尾市・山下明子60)
◆「おふくろにスマホを買ってみたけど、どうかな」。ちょっと不安げな夫の言葉。 「おかあさん、自分で何でも研究するからいいかもね」と、私は笑って答えた。
◆義母は88歳。それからしばらくして遊びに行くと、すっかりスマホを自分のものにしている姿に驚いた。音声検索で、「胆石の症状について教えてください」「ひざに水がたまったらどうなるか教えてください」と楽しそうにスマホに語りかけている。とても88歳とは思えない。「いろいろいじっているうちに少しずつ分かってきて。買ってもらって良かった」とうれしそう。
◆12年前に義父が亡くなってからは、ずっと独り暮らし。ヘルパーも頼まず、独りで何でもやっている。買い物も近くのスーパーに歩いて行く健脚の持ち主で、時々ピアノを弾いて歌うこともある。
◆「スマホが楽しいから、まだまだ頑張れる」という。夫は最高の親孝行をしたのかもしれない。
このときは、切り抜いてカミさんにも読んでもらいました。
義母にもスマホはどうかなと思ったからです。
このような記事に出会うたび、幸せな気分に満たされています。
お年寄りの日常での何気ない活躍を見るたびに励まされてますわ
有り難いことです。
ありがとうございます。
神戸旅行に加え、帰ってからの風邪により、新聞の整理がはかどっていませんでした。
風邪の諸症状で鬱陶しい日々が続いていましたから、さっぱりやる気も起きませんでしたしね。
ようやく風邪が経過してくれたもようです。
3月31日(土)のブログでお話ししていた本『風邪の効用』(野口晴哉、ちくま文庫)もようやく読み終えました。
けいじの風邪の経過方法には反省すべき点が多々あるようです。
だから、経過に人一倍時間がかかってしまうようですね。
後日、まとめて紹介したいと思っています。
新聞を整理していると、やはり拾い上げたくなる記事がいくつかあるものですね。
そのうちの1つを紹介したいと思います。
3月23日(金)の[ぷらざ]に『「物には住所がある」整理整頓』(神奈川県横須賀市・田中睦子79)という記事がありました。
◆近所にある兄の家は、いつ訪れても、すっきりと片付いている。ある時、私がきれいな部屋に目をやりながら感心していると、義姉が「物には住所がある」と説明してくれた。物を使った後は必ず、その住所である定位置に戻すということを、兄たちはずっと続けているのだという。
◆今後、年を重ねるごとに足元がますますおぼつかなくなるだろう。でも、物を定位置に戻すことを面倒がらずに実行し、快適に過ごしていきたい。
なかなか参考になる記事なので、家族にLINEで「片づけ術です❕」と知らせました。
すると、さっそく3女から「うちも物の住所ありまーす👍」と反応がありました。
ちゃんとやってるんだと思いましたわ。
けいじも、うっかりしない限りは物を使ったら元の場所に戻すように励行しています。
この[ぷらざ]には少し前にもいい記事がありました。
『スマホ楽しむ88歳の義母』(2018年3月19日(月)埼玉県上尾市・山下明子60)
◆「おふくろにスマホを買ってみたけど、どうかな」。ちょっと不安げな夫の言葉。 「おかあさん、自分で何でも研究するからいいかもね」と、私は笑って答えた。
◆義母は88歳。それからしばらくして遊びに行くと、すっかりスマホを自分のものにしている姿に驚いた。音声検索で、「胆石の症状について教えてください」「ひざに水がたまったらどうなるか教えてください」と楽しそうにスマホに語りかけている。とても88歳とは思えない。「いろいろいじっているうちに少しずつ分かってきて。買ってもらって良かった」とうれしそう。
◆12年前に義父が亡くなってからは、ずっと独り暮らし。ヘルパーも頼まず、独りで何でもやっている。買い物も近くのスーパーに歩いて行く健脚の持ち主で、時々ピアノを弾いて歌うこともある。
◆「スマホが楽しいから、まだまだ頑張れる」という。夫は最高の親孝行をしたのかもしれない。
このときは、切り抜いてカミさんにも読んでもらいました。
義母にもスマホはどうかなと思ったからです。
このような記事に出会うたび、幸せな気分に満たされています。
お年寄りの日常での何気ない活躍を見るたびに励まされてますわ
有り難いことです。
ありがとうございます。
2018年3月31日土曜日
風邪により2日間入浴が途切れる、野口晴哉先生の「風邪の経過」を実践、今朝から風呂再開
この2日間、お風呂に入っていませんでした。
腰痛再発以後、毎朝夕のお風呂(or毎日のお風呂)を励行していたのでした。
今朝ほど、ようやく入ることができました。
寒気がときどき襲ってくるので控えていました。
というより、入りたいという気がまったくおこらなかったのです。
2夜の寝汗を経て、ようやく熱がおさまってきたようです。
水道水を触っても冷たく感じなくなりましたから。
それにつれて、体が急に楽になって、風邪の諸症状も軽くなってきたように感じています。
そこで、今朝は風呂に入りたいという気持ちが自然と出てきたように思います。
2018年3月28日(水)のブログで話していた野口晴哉先生の「風邪の経過」については、けいじスタイルで順調に進行しつつあるようです。
野口先生によると、体癖素質を知ることによって、風邪の経過の型や時間も予想できるようですわ。
(詳細については追記をご覧ください。)
有り難いことです。
ありがとうございます。
追記:
『風邪の効用』(野口晴哉、ちくま文庫)の21頁から28頁には、「風邪の経過」について大切なポイントが述べてあります。
重要な個所を拾ってみました。
◆ところが風邪を引くと、鈍い体が一応弾力を恢復するのです。だから血圧が高い人は血圧が低くなってくる。血圧が低くなるというよりは血管が柔らかくなってくる。
◆だから、体を使っているうちに、或る一部分が偏り疲労の潜在状態になって、そういう部分の弾力性が欠けてくると風邪を引き、風邪を引いた後、恢復してくる。それで私は風邪は病気というよりも、風邪自体が治療行為ではなかろうかと考えている。ただ風邪を完全に経過しないで治してしまうことばかり考えるから、ふだんの体の弱い処をそのまま残して、また風邪を引く。
◆長生きしている人を見ると、絶えず風邪を引いたり、寒くなると急に鼻水が出るというような、いわゆる病み抜いたという人である。鼻水が出るというのは空気の中にあるいろいろな悪いものに対する一種の抵抗力の現われですから、鼻水など出るようなら、まあ体中が敏感であると言えるわけです。
◆肩が凝るとか、首が凝るとかいうことを感じているうちは倒れないけれども、そういうのを感じなくなるとバタッといく。ところが上手に風邪さえ引けば、血圧も下がるし、体の硬張りもなくなるし、或る一部分が冒されるようなこともなくなってくる。
◆早く風邪を治そうとして熱を下げようとしたり、咳を止めようとしたり、そういう中断法ばかり講じていると、風邪を治そうとしながら体が硬張り、治療しながら体がだんだん鈍くなるというようなことになる。
◆だからそういうことをするのが治療だと考えていることが間違いなのです。やはり天然のまま傷つけず、むしろそれを鈍らせず、萎縮させず、自然のままの体であるようにするのでなければ、本当の意味の治療とはいえないのではあるまいか。
◆とにかく、天然の体をできるだけ天然に保たなくてはならない。そうなるといろいろな治療行為よりは、却って風邪を上手に引き、上手に経過するということの方が意義があるのではなかろうか。だからいろいろな病気を治す方法よりは、風邪を上手に経過する生活法といいますか、それを会得しておけば、癌になるとか、脳溢血になるとか、そういう麻痺した体も正すことができる。従ってそういうような病気にならないですむ。
◆心配している人は神経系統の風邪を引く。そうやってそれぞれその人なりの風邪を引くと、その偏って疲れている処がまず弾力性を恢復してきて、風邪を経過した後は弾力のあるピッチリした体になる。
◆とにかく風邪は難しい。大概の人は風邪を引くような偏り疲労を潜在させる生活を改めないで、風邪を途中で中断してしまうようなことばかり繰り返しているのだから、いつまでも体が丈夫にならないのは当然である。まあ風邪とか下痢とかいうのは、一番体を保つのに重要というよりは、軽いうちに何度もやると丈夫になる体のはたらきであり、風邪と下痢の処理ということが無理なく行なわれるか行なわれないかということが、その体を健康で新しいまま保つか、どこかを硬張らせ、弾力を欠いた体にしてしまうかということの境になる。
◆風邪はそういうわけで、敏感な人が早く風邪を引く。だから細かく風邪をチョクチョク引く方が体は丈夫です。だから私などはよく風邪を引きます。ただし四十分から二時間くらいで経過してしまう。クシャミを二十回もするとたいてい風邪は出て行ってしまう。風邪を引いた時のクシャミというのは一回毎に体中が弛んでいく。慣れているから自分で判るのです。そしてそのクシャミが響く処によって、少し飲み過ぎてしまったなとか、少し食い過ぎているなとか、少し頭を余分に使い過ぎたなと思う。そして風邪を引いてクシャミをする度に体の使い方を反省する。
けいじの風邪は経過するのにけっこう日数がかかります。
少なくても1週間はかかっているようです。
その間、けっこう苦痛を伴います。
野口先生のように、短時間で風邪を経過できるようにしたいものですわ。
腰痛再発以後、毎朝夕のお風呂(or毎日のお風呂)を励行していたのでした。
今朝ほど、ようやく入ることができました。
寒気がときどき襲ってくるので控えていました。
というより、入りたいという気がまったくおこらなかったのです。
2夜の寝汗を経て、ようやく熱がおさまってきたようです。
水道水を触っても冷たく感じなくなりましたから。
それにつれて、体が急に楽になって、風邪の諸症状も軽くなってきたように感じています。
そこで、今朝は風呂に入りたいという気持ちが自然と出てきたように思います。
2018年3月28日(水)のブログで話していた野口晴哉先生の「風邪の経過」については、けいじスタイルで順調に進行しつつあるようです。
野口先生によると、体癖素質を知ることによって、風邪の経過の型や時間も予想できるようですわ。
(詳細については追記をご覧ください。)
有り難いことです。
ありがとうございます。
追記:
『風邪の効用』(野口晴哉、ちくま文庫)の21頁から28頁には、「風邪の経過」について大切なポイントが述べてあります。
重要な個所を拾ってみました。
◆ところが風邪を引くと、鈍い体が一応弾力を恢復するのです。だから血圧が高い人は血圧が低くなってくる。血圧が低くなるというよりは血管が柔らかくなってくる。
◆だから、体を使っているうちに、或る一部分が偏り疲労の潜在状態になって、そういう部分の弾力性が欠けてくると風邪を引き、風邪を引いた後、恢復してくる。それで私は風邪は病気というよりも、風邪自体が治療行為ではなかろうかと考えている。ただ風邪を完全に経過しないで治してしまうことばかり考えるから、ふだんの体の弱い処をそのまま残して、また風邪を引く。
◆長生きしている人を見ると、絶えず風邪を引いたり、寒くなると急に鼻水が出るというような、いわゆる病み抜いたという人である。鼻水が出るというのは空気の中にあるいろいろな悪いものに対する一種の抵抗力の現われですから、鼻水など出るようなら、まあ体中が敏感であると言えるわけです。
◆肩が凝るとか、首が凝るとかいうことを感じているうちは倒れないけれども、そういうのを感じなくなるとバタッといく。ところが上手に風邪さえ引けば、血圧も下がるし、体の硬張りもなくなるし、或る一部分が冒されるようなこともなくなってくる。
◆早く風邪を治そうとして熱を下げようとしたり、咳を止めようとしたり、そういう中断法ばかり講じていると、風邪を治そうとしながら体が硬張り、治療しながら体がだんだん鈍くなるというようなことになる。
◆だからそういうことをするのが治療だと考えていることが間違いなのです。やはり天然のまま傷つけず、むしろそれを鈍らせず、萎縮させず、自然のままの体であるようにするのでなければ、本当の意味の治療とはいえないのではあるまいか。
◆とにかく、天然の体をできるだけ天然に保たなくてはならない。そうなるといろいろな治療行為よりは、却って風邪を上手に引き、上手に経過するということの方が意義があるのではなかろうか。だからいろいろな病気を治す方法よりは、風邪を上手に経過する生活法といいますか、それを会得しておけば、癌になるとか、脳溢血になるとか、そういう麻痺した体も正すことができる。従ってそういうような病気にならないですむ。
◆心配している人は神経系統の風邪を引く。そうやってそれぞれその人なりの風邪を引くと、その偏って疲れている処がまず弾力性を恢復してきて、風邪を経過した後は弾力のあるピッチリした体になる。
◆とにかく風邪は難しい。大概の人は風邪を引くような偏り疲労を潜在させる生活を改めないで、風邪を途中で中断してしまうようなことばかり繰り返しているのだから、いつまでも体が丈夫にならないのは当然である。まあ風邪とか下痢とかいうのは、一番体を保つのに重要というよりは、軽いうちに何度もやると丈夫になる体のはたらきであり、風邪と下痢の処理ということが無理なく行なわれるか行なわれないかということが、その体を健康で新しいまま保つか、どこかを硬張らせ、弾力を欠いた体にしてしまうかということの境になる。
◆風邪はそういうわけで、敏感な人が早く風邪を引く。だから細かく風邪をチョクチョク引く方が体は丈夫です。だから私などはよく風邪を引きます。ただし四十分から二時間くらいで経過してしまう。クシャミを二十回もするとたいてい風邪は出て行ってしまう。風邪を引いた時のクシャミというのは一回毎に体中が弛んでいく。慣れているから自分で判るのです。そしてそのクシャミが響く処によって、少し飲み過ぎてしまったなとか、少し食い過ぎているなとか、少し頭を余分に使い過ぎたなと思う。そして風邪を引いてクシャミをする度に体の使い方を反省する。
けいじの風邪は経過するのにけっこう日数がかかります。
少なくても1週間はかかっているようです。
その間、けっこう苦痛を伴います。
野口先生のように、短時間で風邪を経過できるようにしたいものですわ。
2018年3月28日水曜日
ついに風邪がやってくる、神戸旅行のあとでよかった!、野口晴哉先生の「風邪の効用」
風邪がうまいこと神戸旅行のあとに訪れてくれました。
今、風邪の諸症状を迎えています。
微熱、鼻水、咳、痰などがいっせいにやってきました。
休み休みしながら家しごと、買い物などを無理のない範囲でやっています。
珍しくカミさんも昨夕から熱を出して風邪を引いています。
今日はさすがに仕事を休んでいます。
昨夜のテレビ番組「この差ってなんですか?」で『「インフルエンザにかかる」と「かぜをひく」の差』について放送していました。
「かかる」とは、病気になるという意味で、かぜはもともと咳・熱・鼻水などの状態を指す言葉で病名ではなかったからのようです。
「かぜを引く」の語源は次のとおりだとか。
◆昔の人たちは冷たい風を体の中に引き込んでしまうと、咳が出たり熱が出たりと体調が悪くなると考え、そこから”風を引き込む”という言葉をとって、「かぜを引く」というようになった。
「風邪」という字が当てられたのは次のとおりだとか。
◆「かぜを引く」という言葉は貴族から庶民へと広がり、体に悪い影響を及ぼす風のことを「邪気」と考え、「風」に「邪気」の「邪」の字を当てて「風邪(かぜ)」と読むようになった。
これは参考になりましたね。
また、りくちゃんの誕生日会のときに、婿殿が貸してくれた本『風邪の効用』(野口晴哉、ちくま文庫)が今枕元にあります。
野口先生によると、「風邪は治すべきものではない。経過するものである。」とのこと。
つまり、風邪をひいたら、「体を正し、生活を改め、経過を待つべきである。」と。
「このようにすれば、風邪が体の掃除になり、安全弁としてのはたらきをもっていることがわかるだろう。」というのです。
風邪を自然に経過させてやると、癌とか脳溢血とか心臓障害等になりにくいのだとか。
昔、先生の本を読んだことがあります。
けいじの病気に対する考え方は先生の本の影響をだいぶ受けているように思いますわ。
また出会えるとわね。
有り難いことです。
ありがとうございます。
今、風邪の諸症状を迎えています。
微熱、鼻水、咳、痰などがいっせいにやってきました。
休み休みしながら家しごと、買い物などを無理のない範囲でやっています。
珍しくカミさんも昨夕から熱を出して風邪を引いています。
今日はさすがに仕事を休んでいます。
昨夜のテレビ番組「この差ってなんですか?」で『「インフルエンザにかかる」と「かぜをひく」の差』について放送していました。
「かかる」とは、病気になるという意味で、かぜはもともと咳・熱・鼻水などの状態を指す言葉で病名ではなかったからのようです。
「かぜを引く」の語源は次のとおりだとか。
◆昔の人たちは冷たい風を体の中に引き込んでしまうと、咳が出たり熱が出たりと体調が悪くなると考え、そこから”風を引き込む”という言葉をとって、「かぜを引く」というようになった。
「風邪」という字が当てられたのは次のとおりだとか。
◆「かぜを引く」という言葉は貴族から庶民へと広がり、体に悪い影響を及ぼす風のことを「邪気」と考え、「風」に「邪気」の「邪」の字を当てて「風邪(かぜ)」と読むようになった。
これは参考になりましたね。
また、りくちゃんの誕生日会のときに、婿殿が貸してくれた本『風邪の効用』(野口晴哉、ちくま文庫)が今枕元にあります。
野口先生によると、「風邪は治すべきものではない。経過するものである。」とのこと。
つまり、風邪をひいたら、「体を正し、生活を改め、経過を待つべきである。」と。
「このようにすれば、風邪が体の掃除になり、安全弁としてのはたらきをもっていることがわかるだろう。」というのです。
風邪を自然に経過させてやると、癌とか脳溢血とか心臓障害等になりにくいのだとか。
昔、先生の本を読んだことがあります。
けいじの病気に対する考え方は先生の本の影響をだいぶ受けているように思いますわ。
また出会えるとわね。
有り難いことです。
ありがとうございます。
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