2018年4月15日日曜日

勢古浩爾さんの『定年バカ』、健康診断には闇の世界が!?、けいじも退職後は検診を受けていない

勢古浩爾さんの『定年バカ』(SB新書)という本を読み終えました。
「あとがき」のあとには「本書で紹介した定年関連本評価一覧」として★評価までしてあります。
引用した本の数がなんと39冊にも及んでいます。
本人が自分で「もう、おまえはなんでもかんでも、これは無理、これは現実的ではない、しなくていい、ばかりでおもしろくない、不愉快だ、と思われることをわたしは多少気にしている。読者に希望を与えるのではなく、失望しか与えないからだろう。」と書いているように、毒舌と自虐が絶妙のバランスで展開されているので、最後までおもしろおかしく読むことができました。
この毒舌と自虐の妙についてはコラムニスト桧山珠美さんの新聞記事から教わりました。(追記参照)
この本から非常に衝撃を受けたのは【健康診断は受けない】(p87-p91)でした。
けいじは定年退職してから、健康診断を受けていません。
勢古さんは勤めているときから受けていなかったようです。
◆わたしは最初、ただのずぼらで会社の健診をすっぽかしたのだが、それが習慣化して、それ以来、たぶん20年ほど健診を受けていない。健診前日の午後9時以降はなにも飲み食いするな、当日は朝8時半までに診療所に集合も、めんどうくさかったが、バリウム検査には苦しめられた。健診をやめたら楽になった。
このあとに、健康診断のからくりというか闇らしき世界が暴露されています。
◆近藤誠氏の『健康診断を受けてはいけない』(文春新書、2017)を読んで、我が意を得た。「受けなくてもいいよ」ではなく、「受けてはいけない」なのである。
その本を読んでまず驚くのは、「欧米諸国には職場の健康診断の制度も、人間ドックも存在しない」ということだ。それは健診じたいの有効性(有用性)を示す「データ」が得られなかったからだが、日本では健康増進法や労働安全衛生法によって、受診が義務化されている。なぜかというと「健診が厚労省の権益の源泉となって」いるからである。健診だけではなく、厚労省は各自治体にも「がん検診を実施するよう仕向けている」。
◆つまりこういうことだ。厚労省にとっては自分たちが「管轄する業界(縄張り)の繁栄が一大関心事」であり、そのために「職場健診やがん検診を推進すれば、受診者が増え、自然と病人が増加し、医療費増大と業界繁栄につながるわけです」。業界とは「病院や人聞ドックなどの医療機関、製薬会社、医療機器メーカーなど」のことである。
◆健診・検診そのものにも問題がないわけではないが、そこに医者が関わってくる「医療介入」が行われると、検査をしなければわからなかった「検査病」が見つかる。その結果、今朝までピンピンしていたわれわれはいきなり病人予備軍にされ、再検査、薬処方、精密検査、はては即入院、手術ということになってしまう。昔ならただの老化現象にすぎなかったものが、今や「生活習慣病」として、高血圧、高コレステロール血症、認知症、骨粗しょう症などの「病気」にされてしまった。
◆なんだか嫌な感じである。たしかにわれわれは元気なのに健診を受けさせられる。頼んだわけでもないのに、役所から「がん検診」の通知がくる。われわれもそれを不思議とはまったく思わない。こっちの健康を心配してくれてるのだな、と思ったり(お人好しにもほどがあるのか)、まあめんどうだけど、年に一回受けておけば一応安心だしね、と年中行事のひとつくらいの感覚で受けている。ところがそれが、もし近藤氏の説が正しいのなら(わたしはかなり正しいと思っているが)、厚労省と業界が結託して、「病人」をつくり出して、国民から金を巻き上げようとしているということになる。
◆我が国に世界に冠たる「国民健康保険制度」があることを考えると、そこまで厚労省が悪辣とは思えないのだが、たしかに健康診断に問題はありそうである。しかしこの間題が国民的議論になることはないだろう。政治に気を遣うNHKは、「認知症」や「孤独死」のスペシャル番組は作れても、「健康診断の是非を問う」という番組は作れず、大口顧客の製薬会社を抱えている民放テレビ局もこれに触れることができないからである。国民はこれからもなんの疑問ももつことなく、健康診断やがん検診を受け続けることになるだろう。
◆特養老人ホームの医師石飛幸三氏はこういっている。「日本人ほど病気探しの好きな国民はいないと思います」「日本人がいかに医療依存体質になっているか、それがよく表れているのが、検査や検診です。日本の病院では、何かというと『では検査をしましょう』と言います」。もちろん必要な検査はあるが、「無駄」な検査も「相当あります」。「実際には高い費用がかかっている」のに、「個人負担が少ないため、自分が国家の医療費を無駄遣いしているという自覚が国民一人ひとりにありません」。なかには「趣味は検診」という老人もいる(『「平穏死」を受け入れるレッスン―自分はしてほしくないのに、なぜ親に延命治療をするのですか?』誠文堂新光社、2016)。
◆近藤誠氏は、「元気で体調がよく、ご飯が美味しくて、日常生活行動に不自由がないとき」は「検査を受けないこと、医者に近づかないこと」といっている。正しいとは思うが、わたしは近藤氏の主張とは無関係に、いままでどおり、健康診断は受けない、べつに「国家の医療費」削減のためではない。ただ、嫌いでめんどうくさいだけである。佐々木常夫氏は「定年後はとりわけ、信頼できるかかりつけの病院や医者を見つけて」おきなさい、と軽くいっている。これもよくいわれることである。そう都合よく見つかるわけがない。
「欧米諸国には職場の健康診断の制度も、人間ドックも存在しない」ということは知らなかったですね。
そのあとの闇のような世界については、今の政治をみていると、そうかなとも勘ぐれますがね。
まあ、ともあれ健康診断を受けないという考えの仲間がいたことには勇気づけられましたですわ。
有り難いことです。
ありがとうございます。
追記:
桧山さんの新聞記事『[アンテナ]「毒舌」「自虐」使いこなす人気者』(2018年4月12日読売新聞)によると、いまどき活躍しているテレビタレントは「毒舌」系か「自虐」系になるのだとか。
「毒舌」系には、坂上忍、梅沢富美男、マツコ・デラックス、和田アキ子、美川憲一、ビートたけし、太田光、有吉弘行、カンニング竹山、ヒロミら。
「自虐」系タレントには中居正広、指原莉乃、袴田吉彦ら。
らしいです。
マツコ・デラックスがどちらもバランスよく使いこなすらしい。
「毒舌」は匙加減が難しく、一歩間違えれば、「上から目線」「何様のつもり」「お前が言うな」とSNSで猛攻撃を食らってしまうこともあるからやっかいだ、と。
一方、自分を貶めて笑いをとる「自虐」は、誰にも迷惑を掛けることもなく、傷つけることもない。人畜無害。「自虐」系タレントは親近感や共感を持たれやすく、好感度も高い、とさ。

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