今回の生活習慣の見直しで、考えさせられたことがあります。
腰痛でリタイアしてから寝たきりの生活が何度か襲ってきて、このまま人生が終わってしまうのではないかと思った時期もありました。
それが無理さえしなければ一人でも暮らせる程度にまで回復してきました。
これには驚くとともに感謝しています。
お陰さまにて今ではたっぷりと自由な時間が与えられていて好きなように人生を過ごせる環境にあります。
それなのに、無理に予定やスケジュールという型にはめ込んで自分を縛るようなコセコセとした生活をするようになっていたのでした。
ようやく、そんなことをする必要はないではないかと思うようになってきました。
と同時に、昨年読んだデビィッド・R・ホーキンズ博士の『パワーか、フォースか』が浮かんできました。
その個所を最後に注記として引用しておきます。
うっかりすると、長年の生きざまで身に染み付いた、フォースという世界に戻ってしまうようなのです。
そこで、この際、どうでもいい予定や行事は解き放ってはどうか。
フォースの世界からパワーの世界に舵を切ってはどうか。
つまり、闇の世界から光の世界に移行してはどうかと思うようになりました。
帯状疱疹で横になって安静にしていると考えは大きく飛躍していきますですわ。
現実に戻すと、やりたいときに心のおもむくままにやりたいことをすればいいではないか。
いい仕組みだと思ってやってきた仏壇みがきとか自転車みがきとかも命日などに囚われず自然とやりたくなったときにやればいいではないか。
外部要因に依るのではなく自分の本性・本然に従って生きてみたらいいではないか。
具体的な例をあげれば、家しごとをしているときに、天気がよいと予定を組んでもいないのに布団を干したり、靴を干したりと自然と次々にいろんなものを干したりしています。
そのようにして自然に太陽の恵みを目一杯享受しているのです。
また、汚れが目につくと、予定を組んでもいないのにその個所と周辺をすぐにキレイにしたりしています。
これも決めてなくても自然に次々にやっているのですね。
これらは、いずれも本能のおもむくままに自然にしていることなのです。
というように、そろそろ外部要因の指標などを当てにするのではなく自分の本性・本然に従った生き方に舵を切ってみてはどうだろうかと思ったしだいです。
そして、やったことはブログに記録として残していけばいいではないか。
と、思うようになってきて、ようやくフォースの世界からパワーの世界に舵を切ることが現実味を帯びてきたように思っています。
有り難いことですわ。
ありがとうございます。
注記:『パワーか、フォースか』(デビィッド・R・ホーキンズ、三五館、序章p69-71)
人間は、自分の目に見える「フォース」によって生かされていると思い込んでいますが、実際には目に見えない根源的な「パワー」によって治められているのです。その上、人間はそのパワーをまったくコソトロールすることはできません。
パワーは努力を必要としないからこそ、その姿は見えなくて、その存在も疑われることはありません。
フォースは、感覚を通して体感されます。しかしパワーは、内なる気づきを通してのみ、認識できるのです。人間の意識は、途方もなくパワフルなアトラクターのエネルギーパターンによって、今のように固定された状況になっています。それは自分で無意識のうちにそういったエネルギーを引き寄せているからです。人間は一瞬一瞬、この進化の段階に止められては、フォースのエネルギーによって抑えられ、また、パワーのエネルギーによって駆り立てられてきたのです。
個人とは、意識の海に浮いているひとつのコルクによく似たものです。どこにいるのかわからないし、どこから来たのかも、どこへ行くのかもわからず、そしてその理由は何なのか知らずにいるのです。人間はかぎりない質問だらけの中でうろちょろしていて、世紀から世紀にかけて同じ疑問をくり返しているのです。よほどの意識の飛躍がないかぎり、私たちはそれを繰り返し続けます。
突然に理解力や意味あいが拡大する前兆として、内なる喜びや解放感、そして畏敬の念などを体験することがあります。そのような体験をした人たち全員が、宇宙は彼らに貴重な贈り物を与えてくれたと、その後、感じるようです。事実は努力によって形になりますが、真実はなんの努力もなしに現れます。
この本の最後で、あなたが「やっぱりそうだったのか!」と言えるようでしたら、この本は成功です。この本に含まれているすべてが、あなたがすでに知っていることの反映に過ぎませんが、あなたがそれを知っていると自覚していないだけです。
ここで試みるのは、隠されている全体像が見えるようになるまで、子供がするパズルゲームのように、白紙の上の点を線で結んでいくことにすぎないのです。
この作品が望んでいることは、失敗や苦労、苦痛といったものの源を溶かしてしまうことであり、また、私たち各々の意識の進化を、すぺての人間が持つぺき喜びのレベルに引き上げることをアシストすることです。
私自身の望みとは、この本を通じて、あなたがそのような個人的な覚醒を理解して、その覚醒の条件を準備できるようになれば、ということです。そうすることが、究極の冒険なのですから。
2016年5月8日日曜日
帯状疱疹、カミさんが代わりにお墓参りに、一人でガーゼを貼る
今朝ほどガーゼを一人で貼ることになりましたが、どうにか一人でもうまく貼ることができましたわ。
貼る前にイメージで試行錯誤してみました。
軟膏を塗布してからガーゼを背中の患部に当てて絆創膏を貼るのは、一人ではどうにもできそうにないので、次の方法でやってみました。
したら上手くいきましたわ。
・15センチ正方形のガーゼに絆創膏を貼っておいて、それをひっくり返して軟膏を塗り、それを患部に貼り付ける
実は、カミさんがけいじに代わってお墓参りに行ってくれていたのです。
朝が早いので昨晩、西大井の孫宅に泊まってから大阪に向かいました。
お墓参りのあとに、3女が今夜泊まることになっているホテルに、兵庫に帰省している2女と孫、弟の嫁さんが集まることになっているのです。
けいじも、はじめは行く気になっていたのですが、1泊2日で旅程がハードになるのであきらめました。
止めといてよかったですわ。
今は帯状疱疹の真っ最中ですからね。
皮膚が赤く剥き出し状態ですから、触ると痛いです。
少しずつかさぶたができはじめつつあります。
そんな状態ですから、依然として夜中、朝方に痛みと疼きに悩まされていますわ。
しばらく安静にしていましたが、昨日から外に出はじめました。
サンドラッグまで絆創膏を自転車で買いに行ったり、図書館までカミさんから頼まれた「リクエスト・予約カード」を歩いて出しに行ったりと。
辛い状態でも無理しない程度に家しごとは続けています。
あまり体を甘やかすと今度は元に戻すのが大変になりますからね。
先生によると症状はかなり酷いようですが、順調に回復しつつあるようですわ。
明日は3回目の診察があります。
先ほど、カミさんからキレイになったお墓の写メールがありました。
有り難いことですわ。
ありがとうございます。
貼る前にイメージで試行錯誤してみました。
軟膏を塗布してからガーゼを背中の患部に当てて絆創膏を貼るのは、一人ではどうにもできそうにないので、次の方法でやってみました。
したら上手くいきましたわ。
・15センチ正方形のガーゼに絆創膏を貼っておいて、それをひっくり返して軟膏を塗り、それを患部に貼り付ける
実は、カミさんがけいじに代わってお墓参りに行ってくれていたのです。
朝が早いので昨晩、西大井の孫宅に泊まってから大阪に向かいました。
お墓参りのあとに、3女が今夜泊まることになっているホテルに、兵庫に帰省している2女と孫、弟の嫁さんが集まることになっているのです。
けいじも、はじめは行く気になっていたのですが、1泊2日で旅程がハードになるのであきらめました。
止めといてよかったですわ。
今は帯状疱疹の真っ最中ですからね。
皮膚が赤く剥き出し状態ですから、触ると痛いです。
少しずつかさぶたができはじめつつあります。
そんな状態ですから、依然として夜中、朝方に痛みと疼きに悩まされていますわ。
しばらく安静にしていましたが、昨日から外に出はじめました。
サンドラッグまで絆創膏を自転車で買いに行ったり、図書館までカミさんから頼まれた「リクエスト・予約カード」を歩いて出しに行ったりと。
辛い状態でも無理しない程度に家しごとは続けています。
あまり体を甘やかすと今度は元に戻すのが大変になりますからね。
先生によると症状はかなり酷いようですが、順調に回復しつつあるようですわ。
明日は3回目の診察があります。
先ほど、カミさんからキレイになったお墓の写メールがありました。
有り難いことですわ。
ありがとうございます。
2016年5月6日金曜日
帯状疱疹、斎藤一人さんの因果のお話、鮫島純子さんの『なにがあっても、ありがとう』とつながる
帯状疱疹のこの時期、安静がいいということで、横になっている時間が多く与えられています。
ベッドサイドのポータブルプレイヤー(CDラジオ)で癒しの音楽を聴いたり、ソニータブレットのSDカードに入れてあるMP3ファイルをシャッフルで聴いたりしていました。
すると斎藤一人さんのお話が出てきました。
★人生が楽しくなる「因果の法則」(斎藤一人、YouTube)
★知らないと損する不思議な話(斎藤一人、YouTube)
聴いていると、生まれ変わりという因果のお話です。
鮫島純子さんの『なにがあっても、ありがとう』とがつながりましたですわ。
セレンディピティ、シンクロニシティが起こったのでした。
つまり、よからぬこと(今の帯状疱疹)が起こっても過去世での因縁が消えていく現象・過程だから、ただただ、感謝の念を持ってありがとうと唱えるといいと。
シャワーを浴びたあとに、軟膏を塗布してガーゼを貼ってくれるカミさんの姿が、まさしく神様の化身のように見えてきます。
有り難いことですわ。
ありがとうございます。
ベッドサイドのポータブルプレイヤー(CDラジオ)で癒しの音楽を聴いたり、ソニータブレットのSDカードに入れてあるMP3ファイルをシャッフルで聴いたりしていました。
すると斎藤一人さんのお話が出てきました。
★人生が楽しくなる「因果の法則」(斎藤一人、YouTube)
★知らないと損する不思議な話(斎藤一人、YouTube)
聴いていると、生まれ変わりという因果のお話です。
鮫島純子さんの『なにがあっても、ありがとう』とがつながりましたですわ。
セレンディピティ、シンクロニシティが起こったのでした。
つまり、よからぬこと(今の帯状疱疹)が起こっても過去世での因縁が消えていく現象・過程だから、ただただ、感謝の念を持ってありがとうと唱えるといいと。
シャワーを浴びたあとに、軟膏を塗布してガーゼを貼ってくれるカミさんの姿が、まさしく神様の化身のように見えてきます。
有り難いことですわ。
ありがとうございます。
2016年5月4日水曜日
石原慎太郎さんの『天才』、今の繁栄は田中角栄さんのお陰!?
今話題となっている『天才』(石原慎太郎、幻冬舎)を読んでみました。
これは石原慎太郎さんが田中角栄さんを一人称で書いている物語です。
やはり、田中角栄さんはスゴい人物だったのですね。
日本のためにやり過ぎた結果、アメリカの闇の勢力に葬り去られたのでしょうか。
例により付箋の付いた個所から拾ってみたいと思います。(一部にけいじの編集あり)
◆何事にも事前のしかけというか根回しのようなものが必要(p7)
◆金の貸し借りというものが人間の運命を変える、だけではなしに、人間の値打ちまできめかねない(p8)
◆人間を左右する金という化け物/上京するときの母親の言葉「大酒は飲むな。馬は持つな。出来もしないことはいうな」(p10)
◆金も含めて、この世をすべてしきっているのは、大なり小なりお上、役人たちがつくっている縦の仕組みなのだ。ならばそれを自在に使う立場の人間とは一体誰なのだ(p13)
◆人の世の中での賄賂なるものの効用の原理を悟らされた(p21)
◆これから俺はどうする、何をどこまでやる、その気になればやれる、必ず出来る、してみせる、しなければこの俺ではないという思いで胸が果てしなくふくらみ、自分で自分を抑えられぬほどの将来への野心というか気負いがこみあげてきて、乱暴なほど赤ん坊に頬ずりしてやったものだった(p26-27)
◆親しい相手をこの世から失うというのはいつも辛いものだ。一体誰が何が人間の運命を決めて、その生と死を司るものかとつくづく思う(p28)
◆所詮この世は互いの利益の軋轢で、それを解決するのは結局互いの利益の確保、金次第ということだった(p41)
◆政治家には先の見通し、先見性こそが何よりも大切なので、未開の土地、あるいは傾きかけている業界、企業に目をつけ、その将来の可能性を見越して政治の力でそれを梃入れし、それを育て再生もさせるという仕事こそ政治の本分なのだ(p47)
◆政治家は物事の先をいち早く読まなければならない。周りがまだ気づかぬことの可能性をいち早く予知して先に手を打ってこそ(p48)
◆役人という種族に国民の期待を読み取る先読みの能力がそれほどあるとはとても思えはしないが(p62)
◆もともと無能で腰抜けの外務省という役所の限界の露呈としかいいようがない(p70)
◆美術の愛好家で大パトロンの福島とかいう皮肉屋の大金持ちが、人付き合いは悪いが、町中で葬式に出会ったり使者を運ぶ霊柩車に出会ったりした時は必ず立ち止まり帽子をとって一礼するので、誰かが訳を質したら、「たとえ見知らぬ者でも、その人間の一生の意味や価値は傍らには計り知れぬものがあるに違いない」といったそうな(p75-76)
◆何かのメディアが載せていたおふくろならではの言葉が一番身にしみたものだ。「アニに注文なんてござんせんよ。人さまに迷惑かけちゃならねぇ。この気持ちだけだな。これでありゃ、世の中のしくじりはござんせん。他人の思惑は関係ねえです。働いて働いて、精一杯やって、それで駄目なら帰ってくればええ。おらは待っとるだ。人さまは人さま。迷惑にならねえことを精一杯はたらくことだ。総理大臣がなんぼ偉かろうが、そなんなこと関係しません。人の恩も忘れちゃならねえ。はい、苦あれば楽あり、楽あれば苦あり、枯れ木に咲いた花はいつまでもねえぞ。みんな定めでございますよ。政治家なんて喜んでくれる人が七分なら、嫌ってくれる人も三分はある。それを我慢しなきゃ、人間棺桶に入るまで、いい気になっちゃいけねえだ。でけえことも程々にだ。」と(p83-84)
◆石油は経済にとっての血液のようなものだ。(p120)
◆石油に関しては日本はそのほとんどを外資系のメジャーに依存していて、その背後には厳然としてアメリカがいるのだ/イランの石油をメジャーが封印してしまい、イランが難儀している時に、出光興産が日章丸というマンモスタンカーを派遣して彼等の民族石油を買い付けてやったという快挙があった(p121)
◆石油危機は俺に政治家としての新しい命題を与えてくれた/エネルギーに関する問題でも日本は自立しなくてはならぬ/アメリカやメジャーに頼らぬ日本独自の導入ルートを開拓すべきなのだ/役人たちにまかせれば、結局、彼らはアメリカに気兼ねして事が進む訳はない/俺は資源外交としてアメリカ以外の供給源たり得る国を歴訪しての買い付けを俺自信の手でやる決心をして契約を進めてきた/後で思えばあれがどんな形で我が身に跳ねかえってくるかには気づかなかったが(p122-123)
◆国家の将来のために事あれと思って出かけた資源外交からもどってくれば、定例の記者会見で出てくる質問は反主流派の記者からばかりで、政治部の中でもパワーバランスが変わってしまったのを痛感させられたものだ(p127)
◆つまり俺は彼等に嫌われたのだ/アメリカという虎の尾を踏みつけた俺を除くために、事を巧みに広く手を回してロッキード・スキャンダルという劇を展開させたのだろう(p148)
◆"ああ、権力というものは所詮水みたいなものなのだ。いくらこの掌で沢山、確かに掬ったと思っても詮のない話で、指と指の間から呆気なく零れて消えていくものなのだな"(p179)
◆賢者は聞き、愚者は語る(p180)
◆一日一生という言葉があるが、今までの毎日はまさにそれだった(p182)
◆アメリカ映画『心の旅路』(p185)
◆アメリカの恋愛映画『裏街』(p197)
◆アメリカのメジャーに依存しまいと独自の資源外交を思い立ったのも彼だった/彼はアメリカという支配者の虎の尾を踏み付けて彼等の怒りを買い、虚構に満ちた裁判で失脚に追い込まれた/アメリカとの種々交渉の中で示した姿勢が明かすものは、彼が紛れもない愛国者だったということだ(長い後書きp204)
◆端的にいって政治家個人としての独自の発想でまだ若い時代に四十近い議員立法を為し遂げ、それが未だに法律として適用しているという実績を持つ政治家は他に誰もいはしまい(長い後書きp204-205)
◆アメリカのメジャーに依らぬ資源外交もその典型だと思う/それ故にアメリカの逆鱗に触れ、アメリカは策を講じたロッキード事件によって彼を葬ったのだった(長い後書きp207)
◆アメリカの刑法では許される免責証言なるものがこの日本でも適用され、それへの反対尋問が許されずに終わった裁判の実態に彼等のすべてが驚き、この国の司法の在り方に疑義を示していたのを覚えている/当時の私もまた彼に対するアメリカの策略に洗脳された一人だったことを痛感している(長い後書きp207-208)
◆いずれにせよ、私たちは田中角栄という未曾有の天才をアメリカという私たちの年来の支配者の策略で失ってしまったのだった/歴史への回顧に、もしもという言葉は禁句だとしても、無慈悲に奪われてしまった田中角栄という天才の人生は、この国にとって実は掛け替えのないものだったということを改めて知ることは、決して意味のないことではありはしまい(長い後書きp216-217)
石原慎太郎さんが天才と評するくらいですから不世出の傑物だったのでしょうね。
金権主義というメディアの影響でよいイメージは持っていませんでしたが、テレビで見た直感では人間として好感が持てましたですね。
やはり直感が当たっていたのだと思うと、スーッと霧が晴れたようで、この本を読めてよかったですわ。
有り難いことです。
ありがとうございます。
これは石原慎太郎さんが田中角栄さんを一人称で書いている物語です。
やはり、田中角栄さんはスゴい人物だったのですね。
日本のためにやり過ぎた結果、アメリカの闇の勢力に葬り去られたのでしょうか。
例により付箋の付いた個所から拾ってみたいと思います。(一部にけいじの編集あり)
◆何事にも事前のしかけというか根回しのようなものが必要(p7)
◆金の貸し借りというものが人間の運命を変える、だけではなしに、人間の値打ちまできめかねない(p8)
◆人間を左右する金という化け物/上京するときの母親の言葉「大酒は飲むな。馬は持つな。出来もしないことはいうな」(p10)
◆金も含めて、この世をすべてしきっているのは、大なり小なりお上、役人たちがつくっている縦の仕組みなのだ。ならばそれを自在に使う立場の人間とは一体誰なのだ(p13)
◆人の世の中での賄賂なるものの効用の原理を悟らされた(p21)
◆これから俺はどうする、何をどこまでやる、その気になればやれる、必ず出来る、してみせる、しなければこの俺ではないという思いで胸が果てしなくふくらみ、自分で自分を抑えられぬほどの将来への野心というか気負いがこみあげてきて、乱暴なほど赤ん坊に頬ずりしてやったものだった(p26-27)
◆親しい相手をこの世から失うというのはいつも辛いものだ。一体誰が何が人間の運命を決めて、その生と死を司るものかとつくづく思う(p28)
◆所詮この世は互いの利益の軋轢で、それを解決するのは結局互いの利益の確保、金次第ということだった(p41)
◆政治家には先の見通し、先見性こそが何よりも大切なので、未開の土地、あるいは傾きかけている業界、企業に目をつけ、その将来の可能性を見越して政治の力でそれを梃入れし、それを育て再生もさせるという仕事こそ政治の本分なのだ(p47)
◆政治家は物事の先をいち早く読まなければならない。周りがまだ気づかぬことの可能性をいち早く予知して先に手を打ってこそ(p48)
◆役人という種族に国民の期待を読み取る先読みの能力がそれほどあるとはとても思えはしないが(p62)
◆もともと無能で腰抜けの外務省という役所の限界の露呈としかいいようがない(p70)
◆美術の愛好家で大パトロンの福島とかいう皮肉屋の大金持ちが、人付き合いは悪いが、町中で葬式に出会ったり使者を運ぶ霊柩車に出会ったりした時は必ず立ち止まり帽子をとって一礼するので、誰かが訳を質したら、「たとえ見知らぬ者でも、その人間の一生の意味や価値は傍らには計り知れぬものがあるに違いない」といったそうな(p75-76)
◆何かのメディアが載せていたおふくろならではの言葉が一番身にしみたものだ。「アニに注文なんてござんせんよ。人さまに迷惑かけちゃならねぇ。この気持ちだけだな。これでありゃ、世の中のしくじりはござんせん。他人の思惑は関係ねえです。働いて働いて、精一杯やって、それで駄目なら帰ってくればええ。おらは待っとるだ。人さまは人さま。迷惑にならねえことを精一杯はたらくことだ。総理大臣がなんぼ偉かろうが、そなんなこと関係しません。人の恩も忘れちゃならねえ。はい、苦あれば楽あり、楽あれば苦あり、枯れ木に咲いた花はいつまでもねえぞ。みんな定めでございますよ。政治家なんて喜んでくれる人が七分なら、嫌ってくれる人も三分はある。それを我慢しなきゃ、人間棺桶に入るまで、いい気になっちゃいけねえだ。でけえことも程々にだ。」と(p83-84)
◆石油は経済にとっての血液のようなものだ。(p120)
◆石油に関しては日本はそのほとんどを外資系のメジャーに依存していて、その背後には厳然としてアメリカがいるのだ/イランの石油をメジャーが封印してしまい、イランが難儀している時に、出光興産が日章丸というマンモスタンカーを派遣して彼等の民族石油を買い付けてやったという快挙があった(p121)
◆石油危機は俺に政治家としての新しい命題を与えてくれた/エネルギーに関する問題でも日本は自立しなくてはならぬ/アメリカやメジャーに頼らぬ日本独自の導入ルートを開拓すべきなのだ/役人たちにまかせれば、結局、彼らはアメリカに気兼ねして事が進む訳はない/俺は資源外交としてアメリカ以外の供給源たり得る国を歴訪しての買い付けを俺自信の手でやる決心をして契約を進めてきた/後で思えばあれがどんな形で我が身に跳ねかえってくるかには気づかなかったが(p122-123)
◆国家の将来のために事あれと思って出かけた資源外交からもどってくれば、定例の記者会見で出てくる質問は反主流派の記者からばかりで、政治部の中でもパワーバランスが変わってしまったのを痛感させられたものだ(p127)
◆つまり俺は彼等に嫌われたのだ/アメリカという虎の尾を踏みつけた俺を除くために、事を巧みに広く手を回してロッキード・スキャンダルという劇を展開させたのだろう(p148)
◆"ああ、権力というものは所詮水みたいなものなのだ。いくらこの掌で沢山、確かに掬ったと思っても詮のない話で、指と指の間から呆気なく零れて消えていくものなのだな"(p179)
◆賢者は聞き、愚者は語る(p180)
◆一日一生という言葉があるが、今までの毎日はまさにそれだった(p182)
◆アメリカ映画『心の旅路』(p185)
◆アメリカの恋愛映画『裏街』(p197)
◆アメリカのメジャーに依存しまいと独自の資源外交を思い立ったのも彼だった/彼はアメリカという支配者の虎の尾を踏み付けて彼等の怒りを買い、虚構に満ちた裁判で失脚に追い込まれた/アメリカとの種々交渉の中で示した姿勢が明かすものは、彼が紛れもない愛国者だったということだ(長い後書きp204)
◆端的にいって政治家個人としての独自の発想でまだ若い時代に四十近い議員立法を為し遂げ、それが未だに法律として適用しているという実績を持つ政治家は他に誰もいはしまい(長い後書きp204-205)
◆アメリカのメジャーに依らぬ資源外交もその典型だと思う/それ故にアメリカの逆鱗に触れ、アメリカは策を講じたロッキード事件によって彼を葬ったのだった(長い後書きp207)
◆アメリカの刑法では許される免責証言なるものがこの日本でも適用され、それへの反対尋問が許されずに終わった裁判の実態に彼等のすべてが驚き、この国の司法の在り方に疑義を示していたのを覚えている/当時の私もまた彼に対するアメリカの策略に洗脳された一人だったことを痛感している(長い後書きp207-208)
◆いずれにせよ、私たちは田中角栄という未曾有の天才をアメリカという私たちの年来の支配者の策略で失ってしまったのだった/歴史への回顧に、もしもという言葉は禁句だとしても、無慈悲に奪われてしまった田中角栄という天才の人生は、この国にとって実は掛け替えのないものだったということを改めて知ることは、決して意味のないことではありはしまい(長い後書きp216-217)
石原慎太郎さんが天才と評するくらいですから不世出の傑物だったのでしょうね。
金権主義というメディアの影響でよいイメージは持っていませんでしたが、テレビで見た直感では人間として好感が持てましたですね。
やはり直感が当たっていたのだと思うと、スーッと霧が晴れたようで、この本を読めてよかったですわ。
有り難いことです。
ありがとうございます。
生活習慣の見直し②、予定は最小限に予定なしをベストに
最近、またもや予定を埋めていっては悦に入っているけいじがいましたわ。
定年退職後、いつの間にかスケジュールに縛られる生活に陥っていたと一度反省したことがあるというのに。
伊達友美さんの「本能に従って」という言葉に触れて、またもやそのことを思い知らされました。
予定を埋めては徐々に自分を縛りつけつつある生活習慣になっていたことに今さらながら気づきました。
例えば、スーパーの特売日を買い物の日として予定に入れてみたり。
仏壇みがきや自転車みがきの日を予定に入れてみたりと。
自分の内なる声や本能のささやきに従った行動から外れるような生活習慣になっていました。
重度の腰痛によりリタイアしてから生活習慣を見直し、足並みをそろえる共同生活は無理だとしても一人ならどうにか生きていけるくらいに回復してきました。
そして、今や自由に振る舞えるチャンスがせっかくめぐってきたというのに、自分を縛る生活に戻りつつあったのでした。
安易に損得の目安となる価格や記念日のような特定の日にちなどに依存して、外部環境に左右されるような生活習慣になっていたようです。
それを、伊達友美さんの本を読んでいて気づかされたしだいです。
予定は最小限に。
予定なしをベストとしたいものです。
そして、天からの囁きである本性のおもむくままに生きていきたいものですわ。
有り難いことです。
ありがとうございます。
定年退職後、いつの間にかスケジュールに縛られる生活に陥っていたと一度反省したことがあるというのに。
伊達友美さんの「本能に従って」という言葉に触れて、またもやそのことを思い知らされました。
予定を埋めては徐々に自分を縛りつけつつある生活習慣になっていたことに今さらながら気づきました。
例えば、スーパーの特売日を買い物の日として予定に入れてみたり。
仏壇みがきや自転車みがきの日を予定に入れてみたりと。
自分の内なる声や本能のささやきに従った行動から外れるような生活習慣になっていました。
重度の腰痛によりリタイアしてから生活習慣を見直し、足並みをそろえる共同生活は無理だとしても一人ならどうにか生きていけるくらいに回復してきました。
そして、今や自由に振る舞えるチャンスがせっかくめぐってきたというのに、自分を縛る生活に戻りつつあったのでした。
安易に損得の目安となる価格や記念日のような特定の日にちなどに依存して、外部環境に左右されるような生活習慣になっていたようです。
それを、伊達友美さんの本を読んでいて気づかされたしだいです。
予定は最小限に。
予定なしをベストとしたいものです。
そして、天からの囁きである本性のおもむくままに生きていきたいものですわ。
有り難いことです。
ありがとうございます。
『大村智ものがたり』を読む、ますます先生の人となりに感動を覚える
ノーベル賞を受賞して、ノーベルのお墓にお参りしたというニュースを見てから大村智先生に興味を抱きました。
それから、『人生に美を添えて』(大村智、生活の友社)という本を読んでからは尊敬の念を抱くようになりました。
今度はどのような育ちかたをしてきた人なのかが知りたくなり、伝記的な『大村智ものがたり』(馬場錬成、毎日新聞出版)という本を読んでみました。
ますます先生のファンになってしまいましたですわ。
またもや、付箋の付いた個所から拾ってみたいと思います。(一部にけいじの編集あり)
◆母親の養蚕日誌に感銘を受ける(c1p37-38)
◆母親の教師たる覚悟を日記の表紙裏に見る『教師たる資格は、自分自身が進歩していることである』(c1p40)
◆いつもここぞというときに天が味方してくれる(c1p60)
◆「危ないときになんとなく神様が力を添えてくださって、川の向こう岸にポンと橋渡ししてくれるようなことがある」(c1p61)
◆「いくら有名な偉い人に教わっても、まねだけではだめだ。独創性が大切である」(c2p70)
◆「大村君、大学時代の勉強などあまりあてにならんのだよ。社会に出てから5年間が勝負だよ。5年間を頑張れば、たとえ学生時代にどんなにいい勉強をしたとしても、それよりも、もっといい勉強ができるんだよ」(c2p71-72)
◆「何ごとも正々堂々と、ことにあたらなければならない。こそこそするようなことはするな」(c2p74)
◆人は指導ひとつでどんどん向上していく(c2p79)
◆昼間働き、夜は必死に勉強に取り組んでいる墨田工業高校夜間部の生徒たちに恥じないように、自分ももっと勉強しなければならないと思う(c2p81)
◆人との出会いは、丸田先生から出発して小原先生、中西先生、都築先生へとつながっていく(c2p86)
◆都築先生から「日本語で論文を書いても、外国人は読めないから実績と認めません。研究成果も、正当に評価してもらえません。論文は必ず英語で書きなさい」と強く指導を受ける(c2p97)
◆「万変に処するに一敬を主とす」=「自分の部下であろうと上司であろうと、誰もが自分の先生であると思うことが大事」(c2p99)
◆英語での論文を読んだプリンストン大学のP・フォン・シュライヤー教授が会いに来る/国際的に認めてくれるのは英語の論文だけである(c3p110)
◆「人を超えていくためには、人のまねだけではダメだ」/レベルの高い人々と競争しないと自分のレベルも高くならない」(c3p118-119)
◆<アメリカの大学の研究者は、企業といっしょになって研究をすすめ、新しい原理を発見し、新しい技術を発明して世の中に役立てている。日本は、そのような考えがほとんどない。そこが違う>/アメリカの大学の先生は研究費を自分でかせいできて使っている(c3p131)
◆<新しい化学物質の発見は自分たちがしますが、特許の権利は企業で取ってください。ただ、薬にして売り上げたら、研究費をください>/アメリカの企業はこれを「大村方式」と呼ぶ(c3p134)
◆「一期一会」=いつでも人に会うときは、一生に一度の機会であるという心構えで会いましょう(おわりにp186)
◆「至誠天に通ず」=何ごとも手を抜かないで、誠心誠意で取り組みなさい。そうすれば必ずいい結果につながる(おわりにp186)
◆美術館と温泉とおそば屋さんを少年時代からお世話になった故郷の人々への恩返しのために建てる(おわりにp188)
大村先生のことを知れば知るほど人となりに感動を覚えます。
有り難いことですわ。
ありがとうございます。
それから、『人生に美を添えて』(大村智、生活の友社)という本を読んでからは尊敬の念を抱くようになりました。
今度はどのような育ちかたをしてきた人なのかが知りたくなり、伝記的な『大村智ものがたり』(馬場錬成、毎日新聞出版)という本を読んでみました。
ますます先生のファンになってしまいましたですわ。
またもや、付箋の付いた個所から拾ってみたいと思います。(一部にけいじの編集あり)
◆母親の養蚕日誌に感銘を受ける(c1p37-38)
◆母親の教師たる覚悟を日記の表紙裏に見る『教師たる資格は、自分自身が進歩していることである』(c1p40)
◆いつもここぞというときに天が味方してくれる(c1p60)
◆「危ないときになんとなく神様が力を添えてくださって、川の向こう岸にポンと橋渡ししてくれるようなことがある」(c1p61)
◆「いくら有名な偉い人に教わっても、まねだけではだめだ。独創性が大切である」(c2p70)
◆「大村君、大学時代の勉強などあまりあてにならんのだよ。社会に出てから5年間が勝負だよ。5年間を頑張れば、たとえ学生時代にどんなにいい勉強をしたとしても、それよりも、もっといい勉強ができるんだよ」(c2p71-72)
◆「何ごとも正々堂々と、ことにあたらなければならない。こそこそするようなことはするな」(c2p74)
◆人は指導ひとつでどんどん向上していく(c2p79)
◆昼間働き、夜は必死に勉強に取り組んでいる墨田工業高校夜間部の生徒たちに恥じないように、自分ももっと勉強しなければならないと思う(c2p81)
◆人との出会いは、丸田先生から出発して小原先生、中西先生、都築先生へとつながっていく(c2p86)
◆都築先生から「日本語で論文を書いても、外国人は読めないから実績と認めません。研究成果も、正当に評価してもらえません。論文は必ず英語で書きなさい」と強く指導を受ける(c2p97)
◆「万変に処するに一敬を主とす」=「自分の部下であろうと上司であろうと、誰もが自分の先生であると思うことが大事」(c2p99)
◆英語での論文を読んだプリンストン大学のP・フォン・シュライヤー教授が会いに来る/国際的に認めてくれるのは英語の論文だけである(c3p110)
◆「人を超えていくためには、人のまねだけではダメだ」/レベルの高い人々と競争しないと自分のレベルも高くならない」(c3p118-119)
◆<アメリカの大学の研究者は、企業といっしょになって研究をすすめ、新しい原理を発見し、新しい技術を発明して世の中に役立てている。日本は、そのような考えがほとんどない。そこが違う>/アメリカの大学の先生は研究費を自分でかせいできて使っている(c3p131)
◆<新しい化学物質の発見は自分たちがしますが、特許の権利は企業で取ってください。ただ、薬にして売り上げたら、研究費をください>/アメリカの企業はこれを「大村方式」と呼ぶ(c3p134)
◆「一期一会」=いつでも人に会うときは、一生に一度の機会であるという心構えで会いましょう(おわりにp186)
◆「至誠天に通ず」=何ごとも手を抜かないで、誠心誠意で取り組みなさい。そうすれば必ずいい結果につながる(おわりにp186)
◆美術館と温泉とおそば屋さんを少年時代からお世話になった故郷の人々への恩返しのために建てる(おわりにp188)
大村先生のことを知れば知るほど人となりに感動を覚えます。
有り難いことですわ。
ありがとうございます。
2016年5月3日火曜日
帯状疱疹、皮膚が因幡の白兎!? 、ツラい症状が続いてます
まだまだ辛い日々が続いています。
昨日、一週間経過した後の症状を診てもらうために大久保皮膚科に行ってきました。(20160502)
いよいよ水が出始めて背は白くなっていた皮膚がすっかり剥がれてしまい手の幅の真っ赤な帯状となりイタイタしい状態になっています。
因幡の白兎の神話を思い出しましたわ。
そういえば、昨年はこの連休中一人ドライブで出雲大社と白兎神社にお参りしていたのでした。
そのときに、白兎神社に導かれたということは、この帯状疱疹が暗示されていたのかもしれませんですね。
今までは水が出てきたらTシャツに吸いとらせればいいという先生の指示でした。
皮膚が剥き出しになってきたので、昨日の処方は15センチ正方形のガーゼにアズノール軟膏をぬって、それを傷口に当てて絆創膏で貼ってくれました。
毎日、風呂かシャワーのあとに、貼り替えるようにとのこと。
今朝はシャワーを浴びたあと、カミさんが軟膏をガーゼに伸ばしてそれを傷口に絆創膏で貼ってくれました。
助かりましたわ。
一人で背に貼り付けるのは一苦労しそうですからね。
カミさんは4月29日、30日と母親のお世話に実家に泊まりに行ってましたから、気分的に楽でした。
今まで一度も水疱瘡にかかっていないというので、家にいるとうつらないかと気懸かりで必要以上に気を遣う必要がありますからね。
買い物などは調子がいいなと思ったときに、すぐ自転車で行くようにしています。
さすがにこの時期アルコールはストップしています。
我慢できなくなったときは、カミさんから少しだけもらって喉を潤す程度にしてこらえています。
この不便な体から解放されたら、まずは美味しいビールが飲みたいですね。
それから、温泉にのびのびと浸かりたいです。
このような辛い日々のおかげでふだんの何気ないことに有り難みが見出だせます。
有り難いことですわ。
ありがとうございます。
昨日、一週間経過した後の症状を診てもらうために大久保皮膚科に行ってきました。(20160502)
いよいよ水が出始めて背は白くなっていた皮膚がすっかり剥がれてしまい手の幅の真っ赤な帯状となりイタイタしい状態になっています。
因幡の白兎の神話を思い出しましたわ。
そういえば、昨年はこの連休中一人ドライブで出雲大社と白兎神社にお参りしていたのでした。
そのときに、白兎神社に導かれたということは、この帯状疱疹が暗示されていたのかもしれませんですね。
今までは水が出てきたらTシャツに吸いとらせればいいという先生の指示でした。
皮膚が剥き出しになってきたので、昨日の処方は15センチ正方形のガーゼにアズノール軟膏をぬって、それを傷口に当てて絆創膏で貼ってくれました。
毎日、風呂かシャワーのあとに、貼り替えるようにとのこと。
今朝はシャワーを浴びたあと、カミさんが軟膏をガーゼに伸ばしてそれを傷口に絆創膏で貼ってくれました。
助かりましたわ。
一人で背に貼り付けるのは一苦労しそうですからね。
カミさんは4月29日、30日と母親のお世話に実家に泊まりに行ってましたから、気分的に楽でした。
今まで一度も水疱瘡にかかっていないというので、家にいるとうつらないかと気懸かりで必要以上に気を遣う必要がありますからね。
買い物などは調子がいいなと思ったときに、すぐ自転車で行くようにしています。
さすがにこの時期アルコールはストップしています。
我慢できなくなったときは、カミさんから少しだけもらって喉を潤す程度にしてこらえています。
この不便な体から解放されたら、まずは美味しいビールが飲みたいですね。
それから、温泉にのびのびと浸かりたいです。
このような辛い日々のおかげでふだんの何気ないことに有り難みが見出だせます。
有り難いことですわ。
ありがとうございます。
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