2015年6月7日日曜日

千葉工業大学公開講座、第3回も天候に恵まれ自転車で出席

第3回の千葉工業大学公開講座に出席してきました。(20150606)
この日も第1回同様、天気に恵まれ自転車で行くことができました。
第2回は義父の27回忌法事のため欠席していました。(20150530)
第2回「膨大な情報からの検索」の資料はいただけました。
第3回は「信頼できる(できそうな)情報の抽出」というテーマで内容は<ネット上にたくさんある情報の中で信頼できるものはどうやって選ばれるのかを紹介します>というものでした。
特にけいじの興味を引いたキーワードは次のものでした。
*ガレージビジネス:シリコンバレーでは起業という特別な意味を持つ
*ページランク:ウェブページにランクを与えると同時に、開発者のラリー・ペイジのランキングアルゴリズムをも意味している
*ハイパーリンク:けいじのブログでよく使っているリンクのことですね
*放浪者のアイデア(ランダムサーファートリック):グーグル創業者が学会誌で発表した「The Anatomy of a Large-Scale Hypertextual Web Search Engine」で記述。15%の法則
*情報検索推移:ディレクトリ型検索→ロボット型検索→リアルタイム検索→組み合わせ検索、文章による検索、音声・音楽・リズム・画像をキーとした情報検索
というわけで、今回もいろいろ刺激を受けてきましたわ。
しかし、やはり、けいじの腰と体にとっては座っているイスと机がどうも窮屈に思えてなりません。
腰の位置を何度も動かして腰痛に陥らないように1時間半どうにか耐えているといった感じでした。
千葉工業大学の設備と環境にはすばらしいものがあります。
特に、前回受講したコンピュータ室のパソコン、机、イスには目を見張るものがありました。
そのイスを探して購入したくらいです。
その意味からも、講義室においてももう少し学生にやさしい机とイスにしてほしかったと思いましたわ。
それにしても、大学の無料公開講座。
有り難いことですわ。
ありがとうございます。

日本の姿は世界最高のパワースポットである「龍」、地震・火山列島と認識せよ

6月5日の読売新聞に目を引く記事がありました。
【[論点]地震・火山列島と認識せよ…遠田晋次氏2015年6月5日】
その記事は次のように結ばれていました。
≪こうした一連の出来事から、日本列島は地震・火山の活動期に入ったという見方がある。だが、日本列島の美しい景観、温泉、資源などは、そもそも普段からの活発な地震や火山活動によってもたらされた。世界の地震の10分の1は、日本とその周辺で起きている。日本で起きている地震の10分の1は首都とその周辺で起きている。いかに日本列島に地震が多く、しかも人が住む場所で起きているかがわかる。活発期に入ったかどうかと考えるよりも、すでにそのような危険要因を抱えた場所に住んでいることをきちんと認識すべきだ。それを前提に、防災を考えていく必要がある。≫
これを読んでいて、さもあらん、と思いましたわ。
そのとき、はづき虹映さんの本『いちばん大事な日本の話』(サンクチュアリ出版)に書いてあった次の言葉が浮かんできました。
★日本は長い歴史の中で数多くの巨大地震に見舞われながらも、そのたびに、みごとに再生を果たしてきたんですね。そう考えると、天災は恐怖という一面もあるけれど、日本が再生できるだけのカを蓄えたからこそ起きているともいえると思います。p14
★日本列島は、昔から「龍」の形をしているといわれています。p27
★龍は架空の生き物で、いわゆる目に見えない存在ですが、古くから信仰の対象として、今よりずっと身近な存在でした。当時は日本各地の神社や寺院にある龍穴を通って地上と地中を自由に移動して、独自のネットワークをつくっていると信じられていたんです。龍穴とは、今ふうにいうと「パワースポット」のことですね。
★江戸時代になって日本は鎖国政策を行って、海外からの侵略におびえなくてもよくなりました。天下泰平、平和な時代の到来ですね。そうすると、それまで外国から日本を守ってくれていた龍はどうなったかというと、大地を支えていて、火山の噴火や地震を起こすと考えられたんですね。龍は、破壊と再生を繰り返す、巨大なエネルギーの象徴となったわけです。僕たちは今、日本列島という、生きた龍の体の上で生活をさせてもらっている、そうイメージしてみてください。見えないものを信じることができにくくなった今の世の中だからこそ、祖先が伝えてくれている、先人の知恵というべき想像力を忘れてはいけないと思うんです。p28-30
★日本は、争うために外には出て行かない。それが日本の島国根性なんです。ここでずっと暮らしたいと思えるほど、いい国なんですね。だって、世界最高のパワースポットである「龍」の上に住んでいるんですからね、僕たち日本人は……。p62
なかなかおもしろいお話だと思いませんか。
さらに、新谷尚紀さんの本『神社に秘められた日本史の謎』(洋泉社)にあった【津波は神社の手前で止まつた!】という記事も思いだしましたわ。
≪平成二十三年(二〇一一)の東日本大震災では、大津波が東北太平洋岸の集落を根こそぎ破壊していったが、しかし、不思議なことも起きている。被災地の神社の多くが津波災害から免れたのである。高世仁他『神社は警告する』によると、福島県の新地町から南相馬市沿岸部にかけて鎮座する八十四の神社のうち、被害を受けたのは十七社で、残りは無事だったという。しかも津波で流された神社の多くは、江戸時代以降に創建された比較的新しい神社、あるいは移転してきた神社だったという。また、残された多くの神社は、沿岸部の津波の浸水線上に位置していた。まさに、神社の手前で津波は止まったのだ。この理由については「東北は平安時代に貞観地震に見舞われて大津波の被害を受けたが、これを教訓に、被害を受けにくい安全な場所に神社を建立した」「古代、人々は地盤がしっかりした聖なる場所を選び、そこに神社を建てた」といった推測がなされている。東日本大震災では、多くの神社が津波からの避難所にもなった。神社には、自然災害から身を守ろうとする人間の知恵も集積されているのである。≫
(「神社のトリビア①」p36 )
いろいろと読んでいる本が連鎖反応を起こしてつながっていきますわ。
有り難いことです。
ありがとうございます。

2015年6月6日土曜日

大阪一人ドライブ(お墓参り)、11月の予定が決まる

昨夜、11月連休一人ドライブの計画を練り上げホテルを予約しました。
11月には連休が2回あります。
前半には飛び石が。
どちらにしようかと迷いましたが、前半の飛び石連休の方でお墓参りに行くことに決めました。
先の出雲大社一人ドライブではアルプスを抜ける山岳ルートを試してみましたが、たいへん気に入ったので今回もそのルートで行くことにしました。
後半の12月に近い連休だと雪のことが少し気がかりになりますからね。
雪のときには、安全面を考えて運転しないことにしていますから。
このアルプスを抜けるコースは、最初にトライした東海道コースに比べると空気も景色も良いせいか運転していてもあまり疲れが蓄積されないような気がします。
そこで、今回も似たようなところのホテルに泊まることにしてみました。
*10/30東横INN松本駅前本町泊
*10/31東横INN岐阜羽島駅新幹線南口泊
*11/01ホテルルートイン名張泊
*11/02東横INN岐阜羽島駅新幹線南口泊
*11/03東横INN佐久平駅浅間口泊
すでに7月に決めているコースとほとんど同じだと思って確認してみると今回のは1泊増えていることに気づきました。
因みに、7月の予定では次のようになっています。
*7/19自宅発
*7/19東横INN松本駅前本町5,184円+駐車500円 275㎞ 7H15M
*7/20ホテルルートイン名張5,250円駐車無料 296㎞ 6H50M
≪お墓参り、大黒寺、美具久留御魂神社、滝谷不動さん参拝≫
*7/21東横INN岐阜羽島駅新幹線南口4,309円駐車無料 265㎞ 6H
*7/22東横INN松本駅本町5,130円+駐車500円 207㎞ 4H50M
*7/23自宅275㎞ 7H30M 
あら、けっこうハードなコースにしてたんだと思いましたわ。
まあ、これはもっとゆとりを持ちなさいという思し召しだなと思って、1泊増のコースで行くことにしましたわ。
大黒寺でのお墓参りに弟たちと合流するなり、羽曳野の誉田八幡宮にお参りするなり、自分探しの旅で小中高の学校を訪れたりしてもいいわけですからね。
ホテルは押さえたうえで、これからいろいろとひらめいてくることを加味してもいいわけですからね。
伊勢神宮への参拝を加えたりして。
てなわけで、かえって良い方に展開しているように思っています。
有り難いことですわ。
ありがとうございます。

2015年6月5日金曜日

ドライブレコーダーNX-DRW10Hのテレビ再生、Kworldメディアプレイヤー M130が再活躍

先にドライブレコーダー(ドラレコ)NX-DRW10Hを購入し、自転車で試してみたというお話をしていました。
このドラレコはMP4で録画されるのでテレビ画面で直に見れないのでした。
そうこうしているうちに、3年前に購入したマルチメディアプレイヤー(MMP)のことを思いだしました。
Kworld マルチメディアプレイヤー M130(MMPM130)
最近では使っていなかったので、すっかりその存在を忘れていました。
さっそく、保管していた箱から出してテレビにセットアップしてみました。
ドラレコをUSBでMMPM130に接続したら、テレビで見ることができましたが、映像はやはり逆さまになっていました。
MMPM130には上下を反転させる機能はついていませんでした。
そこで、ムービーメーカーを使って映像を反転させました。
さらに「ビデオの手振れ補正」を行って、「ムービーの保存」でコンピュータに保存しました。
それをポータブルHDD(WD My Passport Ultra 500GB)に取り込んで、USBでMMPM130に接続したらちゃんと見れましたわ。
というわけで、またもやMMPM130が活躍していますわ。
有り難いことです。
ありがとうございます。

水野和夫さんの『資本主義の終焉と歴史の危機』、次のシステムはよりゆっくり・より近くへ・より曖昧に!?

水野和夫さんの『資本主義の終焉と歴史の危機』(集英社)という本を読み終えて感じるものがありました。
水野和夫さんは脱成長という成長を模索提唱されているようです。
近代主義を駆動させてきた「より速く、より遠くへ、より合理的に」という理念を逆回転させて「よりゆっくり、より近くへ、より曖昧に」へと転じなければならないと。
これには大賛成ですわ。
今のけいじの日常生活が、
・より速く→よりゆっくり
・より遠くへ→より近くへ
・より合理的に→より曖昧に
というように、似たようなスタイルになっていますからね。
ゼロ金利・ゼロインフレの社会である日本は、いち早く定常状態を実現することで、ミヒャエル・エンデが言う豊かさ「必要な物が必要なときに、必要な場所で手に入る」を手に入れることができるとおっしゃっています。
が、次にどのような経済システムが到来するのかは水野さんにもまだ予測がつかないようですね。
人間を疲弊させているようにみえる行きすぎた今の社会システムは遠からずして修正を余儀なくされるだろうとは感じていました。
社会システムから少しはみ出した、外れたような生活をしていて、特にそのように思うようになりました。
このような生活ができるようになったのも腰痛のおかげと感謝しています。
有り難いことですわ。
ありがとうございます。

2015年6月4日木曜日

1日の自転車みがき、3日の仏壇みがき

1日の自転車みがきは2日に実施しました。(20150602)
1日は成田空港への娘と孫娘の見送りがありましたので1日ずらことにしました。
それがちょうど良かったようです。
みがいたあとにイオン津田沼店まで買い物に自転車を使いましたからね。
それにそのときは、2度目のドライブレコーダーの撮影にもトライしていましたからね。
仏壇みがきは予定どおり3日に行いました。(20150603)
この日は朝からの雨日和でしたが、義父の祥月命日にあたる日でしたから、予定どおりに。
昼から少し明るくなったので、雨雲レーダをのぞいてみました。
すると雨雲が途切れていて雨が上がっていました。
その隙を狙って、ヤオコーまで自転車を走らせたしだいです。
お供えにと、おはぎと大好物だったカレーパンを買いに。
仏壇をキレイにみがいてからお供えしました。
雨でなければお墓にもお参りしたかったのですけどね。
今では常識という足かせにはあまり囚われないことにしていますし、ムリもしないことにしていますから、お墓の方は断念することにしました。
5月30日の27回忌法要においてお墓にもお参りしていましたしね。
それにしても、少しの間、雨が上がってくれたので助かりましたですわ。
有り難いことです。
ありがとうございます。

はづき虹映さんの『いちばん大事な日本の話』、神社に参拝する意味がわかる

小林正観さんとはづき虹映さんの教えにより、神社にお参りする意味がわかってきました。
ほとんどの神社には鏡(かがみ)が祭ってあります。
「かがみ」に向かって「が(我)」を取り去り、我(が)のない本来の姿である無の心境、すなわち「かみ(神)」に立ち返るための作法だったのですね。
新年の抱負において「1.神社仏閣にお参りする(自分の本性を極める)」としていたことがつながってきて、神社にお参りするとしていたことの意味がわかってきましたわ。
今はそう思えるような心境に至っています。
はづき虹映さんの本『いちばん大事な日本の話』にその辺の事情が詳しく書かれています。
これは日本人にとって最も大事なポイントだと思いますので、少し長くなりますがそっくり紹介させていただきます。
【「神社」は最高の「自己浄化システム」p77-79】
★神社に参拝しに行くことは、生きながら"よみがえる"ことだと思うんです。
★神社に行くのに目的は必要ないと思うんです。しないといけないことも特にないんですよ。一応、儀礼的に、お賽銭を入れて、二礼、二拍手、一礼しましょうという手順はあるけれども、お賽銭を入れなくちゃいけないとか、二礼、二拍手しなくちゃいけないということでもないんです。
【「神社のシステム」を効果的に活用するための基礎知識p79-81】
◎神社の主要なパーツの意味
・鳥居……この世とあの世をつなぐ門、結界の役目
・樹木……「木=気」のシャワーを浴びて身を清めるためのもの
・参道……「産道」。再び生まれ変わるための道程
・手水舎……口と手を水で清め「禊ぎ」をするための場
・砂利……「邪離」。音霊を聞いて自らを瞑想状態に導くためのもの
・鈴……「ススを払う」。音霊を聞いて穢れを払うためのもの
・鏡……「かがみ」から「が(我)」を取ると「かみ(神)」になる。自分自身が神であることを確認するためのもの
・絵馬……「覚悟(約束・誓い)」を記して宣言するためのもの
・おみくじ……内なる自分からの「メッセージ」
・賽銭箱……「浄財」、穢れのついたお金をクリーニングするためのもの
・ご神木……「シンボルツリー」。大自然の象徴
・摂社・末社・別院・奥の院・磐座……こちらが真のエネルギースポットである場合も多い
◎参拝の基本的な手順と作法
①鳥居の前で軽く一礼(帽子やサングラスは外す)
②参道は端を歩く(真ん中は「神様の通り道」として開けておく)
③手水舎で手と口を清める(水は飲まない。口はゆすぐだけ)
④鳥居の前では、そのたびに軽く一礼
(帰るときも烏居をくぐったあとに振り返って本殿に向かって一礼)
⑤お賽銭はすべらせるように静かに賽銭箱に入れる(投げ入れない)
⑥本殿に向かって、笑顔で一礼。その後、二礼、二拍手、一礼の作法
【「日本の聖地」は「オープンシステム」p81-83】
日本の聖地は、誰でも行けるし、排除されるべき人はいないんですね。扉や塀すらないところが多いし、烏居はあるけれども、その門は閉ざされていないわけですよ。ここは大事なポイントですよね。それがオープンシステムであることを象徴していると思うんです。なぜなら、神社には取るようなものは何もないというか、実は大事なものがないんですよ、それは、ぜんぷ自分の中にあるものだから、神社の中に大事なものはなくてもいいんです。神社に参拝に行くのは、"よみがえり"のためなんですよ。もう一度、自分をちゃんと律するというか、リセットするというか、自分の本質である神性に気づくための場所なんですね。それを日本人は、寝て起きることで、習慣としてやっているんです。"よみがえり"ということをね。眠ることは死ぬことで、起きることは生まれることだから、毎日フツーにやっているんですね。それは本当にすごいことなんだけれど、みんな意識していないので、それを意識的にやりましょうという場所として、仕組み化されて全国に配置されているのが神社なんですね。
【「参道」は生まれ変わるための道程p83-84】
神社に行って、鳥居をくぐって、最初に通るのが参道(=産道)です。お産の道なんですよ。もう一度、お母さんのお腹の中に入るところからやりましょうということなんですね。そこに入って身が清められ、穢れが払われるわけですよ。穢れは気が枯れている状態だから、本来の気ではないということです。なので、まず参道で気(木)のシャワーを浴びて、自分を浄化して穣れを解いて、お手水で手と口を清める。手水舎での禊ぎは、沐浴することを簡略化したものだから、全身を洗い清めるという意味ですね。そして、いい神社ほど参道が長いんですね。本殿までの道のりが長いことに意味がある。その間を歩くことで自分が浄化されるわけだから。
【なぜ神社には「鏡」があるかp84-86】
本殿には何があるかというと、基本的には鏡しか置いていないんですね。本殿には、崇拝すべき偶像や経典なとは存在しません。ご神体が山とか、掛軸が下がっていたりする神社もありますけれど、それはいわゆる象徴というか、目印なんですね。それに対して拝むわけではなくて、そこを目がけてエネルギーを注ぐといいよ、という目印です。なので、それを特にありがたがる必要はないし、もちろんじゃけんにする必要もないけれども、何が大事かというと、鏡なんですね。そして、なんのために神社に鏡があるのかというと、自分を見るためなんですね。自分を見るということは、自分の中の神性に気づくこと。日本人は自分の中に神がいることがわかっていて、磨き終わった自分は神なんだということを確認するための仕組みのひとつなんですね、神社は。だから神社には必ず鏡が置いてある。鏡に向かって、ありがとうと言うことは、自分の中の神様に向かっての感謝であり、自分自身に向かって感謝を伝えることなんです。そしてまた参道を通って新しく生まれ変わっていく、そういう仕組みですね。何度も繰り返しますが、それは自分の中に神があるという前提があるからです、それがないと、その仕組みが成り立たないわけです。自分の中に神があって自分と神は一体であり、「私=神」だということを思い出す。そのサイクルが日本の精神的土台をつくっていると思うんです。多くの人は、それをわからないなりに行っているんですね。ほとんどの人がなんとなく観光や雰囲気で神社に行っているんですけれど、それでもちゃんと生まれ変わっているわけです。今では年々神社に参拝する人が多くなっていて、正月の初詣期間に、のべ1億人くらいが神社に行ったという統計もあるらしいです。ということは、日本人全員が最低1か所は、神社に初詣に行っている計算になるんです。それだけ神社に行けるようになったということは、そこでもうみんなが潜在的には気づいている証拠だと思うんですよ。"よみがえりの場"に行けるようになってきているわけですから。海外から日本の神社に来る外国の人たちも増えていて、彼らも参道を歩くと不思議とみんな同じ空気感になっていますよね。それこそまさしく、"よみがえる"ということのあらわれだと僕は思います。
とまあ、ありがたいお話です。
これからは、この事を念頭に置いてお参りさせていただきたいと思います。
ほんに、有り難いことですわ。
ありがとうございます。