2014年5月13日火曜日

孫娘と「わたみん家」、飲みすぎない仕組みを応用してみる

「わたみん家」に行ってきました。(20140511)
前回は4月2日に行ってます。
5月末日でワタミの株主優待券が切れてしまいます。
そこで、母の日に夜ごはんの支度をしなくていいようにと外で食べることに。
今回はなんと孫娘も一緒でした。
はじめは6か月の赤ちゃんを連れて行くことに抵抗がありました。
ここ京成大久保の「わたみん家」は早い時間に入ると空いているのです。
それに、禁煙席は奥のほうでお客さんがいたとしてもあまり迷惑のかかりにくそうな場所にあるのです。
そこで早めの夕方5時半にお店に入ることに。
娘と孫娘は友達と会うのに上野まで出かけていたので、直接お店で合流することに。
お店にいる間、ちょっと愚図りはしましたが、バギーに座らせたり、ソファに寝かせたりで大丈夫でしたわ。
このお店は空気も悪くありませんしね。
この日は、お酒の頼み方に一工夫してみました。
先に紹介した飲みすぎないための仕組みを応用してみることに。
まず、生ビール(中生)、次に熱燗(2合)、最後に焼酎(芋のお湯割りグラス)をいただきました。
視覚、数値、味覚の3要素を当てはめてみることに。
やはり、ちょうどいい塩梅におさまりました。
冷たい飲み物を飲んでも最後はお腹を温めるようにしてね。
お料理もお酒もしっかりと味わっていただきました。
お酒の量もちょうどよかったようですわ。
大満足でした。

2014年5月11日日曜日

財宝焼酎、飲みすぎないための仕組みづくりを考える

財宝から毎月末、定期購入している純米・麦・芋の各焼酎が正確に届きます。
はじめのころは3杯と決めて飲んでいました。
それで十分に満足していました。
しかし、最近では5杯前後になることが多く、少し飲みすぎるようになってきました。
朝まで残っていることもたまにあります。
ごぼう茶割りも、はじめの頃は焼酎が1/5と薄めだったのですが、最近では少しずつ濃くなるようになってきました。
そこで、あまり飲みすぎないための仕組みを考えてみようと思い立ちました。
今までは、まず純米焼酎に手をつけて、それが空になったら麦焼酎へ、それが空いたら最後に芋焼酎を飲むというふうにしていました。
この飲み方だと何杯のんだのかが視覚的にも、数値的にもぼんやりしています。
そこで、この視覚的、数値的、味覚的という3要素を仕組みに取り入れることを考えてみました。
すると、出来上がりました。
それは、まず純米を1杯、次に麦を1杯、最後に芋を1杯というふうに飲んでいけば、ちょうど3杯で終わりにすることができます。
これで、視覚と数値が満たされます。
さらに、クセのない純米から手をつけて、少しクセのある麦、最後にクセの強い芋という順に飲めば味覚も満たされます。
それに今までは、パソコンに向かいながら、テレビを見ながらなど、ながらしながら飲んでいました。
しっかりと焼酎を味わうこともなく、ながらしながら何気なくダラダラと飲んでいたわけです。
そこで、石原加受子さんが『「なりたい未来」を引き寄せる方法』という本の【「味わう」という実感がもたらす魔術(p14-16)】においてお勧めしている次のようなコーヒーの飲み方を焼酎の飲み方に取り入れてみたいと思いました。
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・その香りを楽しむ
・その色を目で味わう
・その味や熱さを感じる
・味を舌で味わい、のどから胃に流れ込む、ほどよい熱さやそのときに「ホッ」とする気分を味わう。
そのときだけは仕事のことや心配事、しなければならないことなどを頭から追い出して、一杯のコーヒーにゆったりと意識を集中してみましょう。
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これからは、これと同じように、それぞれの焼酎に意識を集中して、じっくりと味わいながら飲んでみようと思っています。
肴、料理などを賞味しながら、それぞれの焼酎の味の違いと旨さを実感しながら飲んでみようと。
この仕組みを実践すれば量を少しずつ減らすことができるような気がします。
さすれば、また1ヵ月スキップができるようになります。
すると、懐にも体にも優しくなりますね。

2014年5月10日土曜日

アイエンジェルデビューのあこちゃん、またまた帰国する

伴侶がいつの間にかアイエンジェルジャパン楽天市場店のFacebookにあこちゃんをデビューさせていました。(2014030)
その画像を拝借して使わせていただきますわ。

そのあこちゃんが、またまた中国から帰ってきました。(20140508)
そこで、またまた伴侶と成田空港まで迎えに行ってきました。
15時の到着予定が30分遅れ、14時半に自宅を出発。
道路がスムーズに流れて、高速道路も車が少なくてスイスイ。
早く着いても待ち時間が長くなるので、90㎞前後のスピードでのんびりと。
おかげで、ストレスも少ない運転で空港に到着。
あまりにも順調に着いたので、待ち時間が長く感じましたわ。
またもや、出てきたあこちゃんは、ばあばとじいじの顔をじっと見つめていました。
しばらくして、思い出したように笑顔を見せてくれました。
周りの外人たちがあこちゃんの笑顔にスマイルを投げかけてくれていましたわ。
そのような風景に何度も出会うとじいじとして嬉しくなりますね。
これは、もうじじばかですかな。
帰りは、やはり車が多かったですが、渋滞には会いませんでした。
この日のナビは行きも帰りもスマートルートに設定。
行きは千葉北ICから高速道路に入り、帰りは武石ICから出るルートでした。
燃費は行きは22.6㎞/L、帰りは21.6㎞/L。
といった按配でしたわ。

2014年5月8日木曜日

塩田妙玄さんの本から"自然死"、近藤誠さんの本から"リビングウィル"

塩田妙玄さんの本『ペットがあなたを選んだ理由』の【祈りの効用】の個所を読んでいると、ペットの"自然死"についてのお話がありました。
非常に分かりやすく書かれているので、それを引用させていただきます。
≪ドーロ(ボランティアに拾われた野良猫のこと)のような苦しまない死を「自然な餓死による自然死」というのだそう。
人間もそうだが、末期の際は、まず自ら食べ物を食べなくなる。消化する必要がなくなり、栄養を体に運ぶ必要がなくなった内臓は、ゆるやかにその機能を停止していく。そのうちに水も飲まなくなると、今度は排泄機能が停止していく。栄養も水分も取らなくなった体は、急速に枯れ始め、しだいに夢うつつの昏睡状態に入る。そのまます~っと最後の臓器、心臓が停止する。苦しまない穏やかな最期。点滴の管も、酸素吸入もない自然死。
昔は、こんな自然な末期の餓死による「自然死」がほとんどだったという。
医学の進歩は、死にゆく体さえ生かそうとするようになり、自宅にも帰れずに、苦しむ死が増えたとも言われる。痛みが伴わない場合、死にゆく体には「何もしない勇気」「何もせず看取る勇気」も必要ではないか、と私は思う。(p224)≫
これを読んでいて、近藤誠さんの本『医者に殺されない47の心得』(アスコム)にも、同じようなこと、つまり、人間にも延命治療を施すと苦しみながら死んでいくというようなことが書いてあったのを思い出しました。
そうなりたくない近藤誠さんは本の最後に自分のリビングウィルを紹介してくれていました。
参考になるので、これも引用させていただきます。
≪近藤誠のリビングウィル
いっさい延命治療をしないでください。
私は今日まで、自由に生きてきました。
64歳まで、好きなことに打ちこんで、幸せな人生でした。
そして、自分らしく人生を終えたいと思っています。
今、私は意識を失っているか、呼びかけに少し反応するだけだと思います。
すでに自力では、呼吸もほとんどできないかもしれません。
このまま命が尽きても、何も思い残すことはありません。
だから、決して救急車を呼ばないでください。
すでに病院にいるなら、人工呼吸器をつけないでください。つけられているなら、はずしてください。
自力で飲んだり食べたりできないなら、無理に、口に入れないでください。
点滴も、チューブ栄養も、昇圧薬、輸血、入工透析なども含め、延命のための治療を何もしないでください。すでに行われているなら、すべてやめてください。
もし私が苦痛を感じているようなら、モルヒネなどの、痛みをやわらげるケアは、ありがたくお受けします。
今、私の命を延ばそうと力を尽くしてくださっている方に、心から感謝します。しかし、恐れ入りますが、私の願いを聞いてください。
私はこの文章を、冷静な意思のもとに書き、家族の了解を得ています。
いっさい延命治療をしないでほしい。
この最期の願いを、どうぞかなえてください。
決して後悔しないことを、ここに誓います。≫
死を迎えているペットに延命治療を施すと苦しみながら亡くなっていくようです。
同じように人間も延命治療により苦しんで亡くなっていく人が増えているようです。
であるならば、やはり、最後は管につながれずに自然死という形で身罷りたいものですわ。

2014年5月7日水曜日

塩田妙玄著『ペットがあなたを選んだ理由』、猫族のハンガーストライキと絵本

いま塩田妙玄さんの本「ペットがあなたを選んだ理由」(ハート出版)を読んでいます。
アニマルコミュニケーションは誰にでもできると書いてあります。
自分が大切にしている犬や猫の気持ちは、飼い主が一番よくしっているからだと。
「第3章 アニマルコミュニケーション」の【行動で知るケース(p119)】にはどらちゃんにも思い当る節がありました。
≪▼猫族はハンガーストライキなどによって、自分の欲求を押し通す(食べたい缶詰をゲットする)方法をよく使う。≫
どらちゃんが療養食を食べないで普通の缶詰をおねだりすることがよくあります。
やはり、これは猫族のハンガーストライキだったのですね。
けいじもなんとなく分かっていたということはコミュニケーションを感じていたということになりますね。
≪▼一番ポピュラーなのが「あてション」。長時間留守番させられた(人間も大変なんだからという理屈は通じない)。新入りが気に喰わない、などの「ぺット自身が嫌だと思ったこと」からトイレ以外におしっこをするパターン。(たまにうんちもあり)≫
最近はありませんが、以前、気に食わないことがあったりするとやっていたのを思い出しますね。
その他では、犬についておもしろいことが書いてあります。
≪▼犬も「すねたり」「おもしろくないことの抗議」として、あわれそうに病気のフリをすることがある。≫
アニマルコミュニケーションは、話のできない赤ちゃんを育てている女性が向いているとか。
けいじも、どらちゃんが何を欲しているか、なにを考えているかが少しは感じとれるようになったようです。
会話ができないので完全にはわかりませんけどね。
この本はなかなか表現がおもしろいし、けっこう参考にも、ためにもなります。
なんせ、塩田さんは、亡くなったペットの導きで今はお坊さんですからね。
その他には、「第1章 魂は語る」では、ある獣医師の名言も紹介されています。
≪犬は走ってこそ犬、猫は自由でこそ猫≫
これは、なかなかいいですね。
それから、佐野洋子さんの「100万回生きたねこ」(講談社)という絵本のお話も出てきます。
時を同じくして、5月5日の読売新聞『編集手帳』は≪今日こどもの日、親子で絵本の滋養を堪能してみるのもいい。≫と結んでありました。
さらに、≪絵本は自分自身の生き方や子供の心の成長を考えるための滋養分。「大人こそ絵本を」と呼びかける作家の柳田邦男さんはそう説く(平凡社『大人が絵本に涙する時』)。≫とも。
大人にもファンが多いという、いとう ひろしさんの『だいじょうぶ だいじょうぶ』という絵本も紹介されていました。
そこで昨日、この2冊の絵本を図書館に予約しときました。
明日、よいタイミングで、いよいよ孫娘が帰ってきますわ。

2014年5月6日火曜日

熊坂仁美著『YouTubeをビジネスに使う本』、ブログにYouTubeを埋め込む

最近では、ビデオカメラで撮影した動画はYouTubeにアップロードするようになってきました。
その一部を限定公開としてブログにリンクを貼り紹介してきました。
ずーっと、リンクではなくYouTubeの画面を埋め込めたらいいのにと思ってきました。
そんな折、伴侶と娘のビジネスに役立つかもしれないと次の本を借りて見てみました。
熊坂仁美著『YouTubeをビジネスに使う本』(日本経済新聞出版社)
そのなかに、ブログにYouTubeを埋め込むという言葉を見つけました。
やっぱり、できるんだと、即ネットで調べてみました。
非常に分かりやすく書かれている最適なブログを見つけました。
『YouTubeの動画をブログ記事に埋め込む方法』
さっそく、それに書いてあるように、次の流れでやってみました。
「共有」➡「埋め込みコード」➡「コードをブログにコピペ」
YouTubeリンクを貼った最新のブログで試してみました。
上手くいきましたわ。
どうぞご覧あれ。
≪西宮神社参拝とUSJ周辺の動画、YouTubeにアップロード≫(20140422)
どうですか?
なかなかいいでしょう。
リンクを貼ってある他のYouTube動画も少しずつ編集していきますかな。

2014年5月5日月曜日

石原加受子著『「なりたい未来」を引き寄せる方法』、なかなかおもしろい本です

石原加受子さんの『「なりたい未来」を引き寄せる方法』という本におもしろい言葉がありました。
「自分の人生の"スタンス"を決めなさい!」(p159)という文章のなかに次のような言葉が出てきます。
◆一般的な常識にとらわれることはありません。
◆とんでもない願望であってもいいのです。
◆むしろ、これまで信じてきている思い込みやとらわれを、この際、打ち砕いてほしいのです。
◆たとえば、一生仕事をしないでもお金を得たい、満員電車に乗らないで仕事に就きたいといった「ムシのいい」願いでもかまわない。
これを読んでいて、そういえば入社以来、満員電車には乗りたくないと強烈に感じてきたことを思いだしました。
その当時の異常な満員電車には閉口して、朝早く寮から出勤したものでした。
この思いをインプットしつづけたおかげで、坂出(香川)、長崎、はたまたシンガポール、都心とは逆方向の土気(千葉)のような地方転勤が展開したように思います。
西宮のときは社宅から徒歩通勤できましたし。
東京に何度か戻ることはあっても、満員電車に乗らないですむ代々木社宅に住むことができたり、津田沼駅始発の電車に座れるようなところに家を設けることができたりと、満員電車に乗りたくないというインプット効果が実現していたように思います。
クソ真面目で器が小さいせいか、一生仕事をしないでもお金を得たいというような発想は出てきませんでした。
そんな発想ができていたら、大投資家にでもなって今ごろ大財産が築けていていたかもしれませんけどね。
こんなことを考えさせてくれるこの本は、なかなかおもしろいですね。