孫娘のお宮参りが遅ればせながら年末に習志野と松山の神社にて行われました。
はじめは、お宮参りを香取神宮で考えていました。
ムコ殿の日程から香取神宮でのお宮参りは1月4日しか取れませんでした。
しかし、その日は参拝者で大変な混雑が予想されます。
時間がどれだけかかるかわかりません。
そこで、香取神宮は諦めて家の近くの誉田八幡神社に祈祷なしのお宮参りに詣でました。(20131229)
このときに着た衣装は我が娘たち3人が着たもののようです。
また、ムコ殿の実家に帰省したときにも久万高原の三島神社にお宮参りした由です。
この神社においてはご祈祷も行ったようです。
あこちゃんには、神々のご加護がありそうです。
2014年1月7日火曜日
2014年1月6日月曜日
「かんぽの宿 鴨川」いいね!、帰り山道に樹氷と凍結
「かんぽの宿 鴨川」を評価してみたいと思います。
全般的には「いいね!」です。
まず、フロントにて、チェックインが少し早いのに部屋のカギを渡してくれました。(20131228)
機転がきいています。
寝湯の天然温泉は運び湯を使用していますが、寝湯に最適の温度なのでゆっくり、ゆったりと寝ながら温まることができました。
さすがに入りすぎて少しはのぼせましたけどね。
部屋は3年前にリニューアルされた洋室棟・洋室シングルルームでしたが、きれいでした。
広さも十分でした。
空調暖房も部屋の乾燥をあまり感じさせませんでした。
これは床などに木が多く使われていたからかもしれません。
そのかわり、はじめて部屋に入ったときは寒かったです。
外を散策して体が冷え切っていましたからね。
朝食は和食を中心としたバイキングスタイルでしたから、おいしくいただきました。
翌日の昼ごろ、家の近くにある誉田八幡神社にお宮参りするというので、9時にはチェックアウトすることに。(20131229)
フロントから玄関に出たところに車の窓ふき用にと濡れタオルが用意されているのには感激しました。
これは、ありがたかったのですが、この日の朝は水たまりに氷が張るほどに冷たく、まだフロントガラスの下部が凍っていたので、さすがに窓ふきはしませんでした。
それよりも、帰りの山道が気になっていました。
凍結のために通行止めになっていないだろうかと。
やはり山中に入るにしたがって0度からマイナスに。
樹氷が見られ、ところどころが凍結していました。
前日、雨が降っていなかったので、どうにか凍結したカーブの多い山道を無事にクリアすることができました。
そんなわけですが、かんぽの宿について気になる点は、外観と駐車場が古くてみすぼらしい感じがしたことです。
「食事処 しばやま」の前にある鴨川シーワールドの駐車場があまりにも立派でしたから、特にそう感じました。
宿泊そのものには影響しませんが、少し残念でした。
この宿は一人でも泊まれるため、また年末に泊まりたいと思っています。





全般的には「いいね!」です。
まず、フロントにて、チェックインが少し早いのに部屋のカギを渡してくれました。(20131228)
機転がきいています。
寝湯の天然温泉は運び湯を使用していますが、寝湯に最適の温度なのでゆっくり、ゆったりと寝ながら温まることができました。
さすがに入りすぎて少しはのぼせましたけどね。
部屋は3年前にリニューアルされた洋室棟・洋室シングルルームでしたが、きれいでした。
広さも十分でした。
空調暖房も部屋の乾燥をあまり感じさせませんでした。
これは床などに木が多く使われていたからかもしれません。
そのかわり、はじめて部屋に入ったときは寒かったです。
外を散策して体が冷え切っていましたからね。
朝食は和食を中心としたバイキングスタイルでしたから、おいしくいただきました。
翌日の昼ごろ、家の近くにある誉田八幡神社にお宮参りするというので、9時にはチェックアウトすることに。(20131229)
フロントから玄関に出たところに車の窓ふき用にと濡れタオルが用意されているのには感激しました。
これは、ありがたかったのですが、この日の朝は水たまりに氷が張るほどに冷たく、まだフロントガラスの下部が凍っていたので、さすがに窓ふきはしませんでした。
それよりも、帰りの山道が気になっていました。
凍結のために通行止めになっていないだろうかと。
やはり山中に入るにしたがって0度からマイナスに。
樹氷が見られ、ところどころが凍結していました。
前日、雨が降っていなかったので、どうにか凍結したカーブの多い山道を無事にクリアすることができました。
そんなわけですが、かんぽの宿について気になる点は、外観と駐車場が古くてみすぼらしい感じがしたことです。
「食事処 しばやま」の前にある鴨川シーワールドの駐車場があまりにも立派でしたから、特にそう感じました。
宿泊そのものには影響しませんが、少し残念でした。
この宿は一人でも泊まれるため、また年末に泊まりたいと思っています。
粗食にパワーの源泉!?、「武士の一分」と兄弟の多い両親の食事風景から考察する
正月から口内炎に悩まされています。
症状はだいぶ軽くなってきました。
もちろん原因は分かっています。
食べすぎ飲みすぎ(暴飲暴食はようやく卒業できましたわ!)です。
最近は体が敏感なのか、反応がすぐにあらわれてきます。
赤ちゃんのように敏感な体に戻りつつあるのでしょうか!
しかし、粗食にこだわっている人がこのザマではどうしようもありませんね。
母乳育児に忙殺されている若いお母さん方に至っては推して知るべしでしょう。
さほどに、食事、食べ物をコントロールするのはむずかしいものです。
むずかしい飽食の時代でもあります。
と考えていたら、映画「武士の一分」を思い出しました。
それは江戸時代の武士が食事する風景です。
確かに粗末な食事でした。
食事をしたあと、ご飯を食べた茶碗に白湯を入れて濯いで飲み干し、拭いて箱膳に入れる場面が特に印象に残っています。
茶碗を洗ったりしていませんでした。
水が貴重だった時代だからかなと思ったりしていました。
そのような質素な食事でも、重い日本刀を振り回していたのですから驚きです。
それに、けいじの父も母も7人、8人兄弟の中で育っています。
昔は今のように栄養豊富な食事ではなかったでしょうに、皆さん、立派に育っています。
これも驚きです。
お米にはやはり計り知れないパワーが秘められているのかもしれませんね。
赤ちゃんが体の反応で教えてくれているように、今は飽食すぎるのかもしれません。
母乳に良い食事を突き詰めていくと究極的な健康によい食事風景が見えてくるように思えてなりません。
症状はだいぶ軽くなってきました。
もちろん原因は分かっています。
食べすぎ飲みすぎ(暴飲暴食はようやく卒業できましたわ!)です。
最近は体が敏感なのか、反応がすぐにあらわれてきます。
赤ちゃんのように敏感な体に戻りつつあるのでしょうか!
しかし、粗食にこだわっている人がこのザマではどうしようもありませんね。
母乳育児に忙殺されている若いお母さん方に至っては推して知るべしでしょう。
さほどに、食事、食べ物をコントロールするのはむずかしいものです。
むずかしい飽食の時代でもあります。
と考えていたら、映画「武士の一分」を思い出しました。
それは江戸時代の武士が食事する風景です。
確かに粗末な食事でした。
食事をしたあと、ご飯を食べた茶碗に白湯を入れて濯いで飲み干し、拭いて箱膳に入れる場面が特に印象に残っています。
茶碗を洗ったりしていませんでした。
水が貴重だった時代だからかなと思ったりしていました。
そのような質素な食事でも、重い日本刀を振り回していたのですから驚きです。
それに、けいじの父も母も7人、8人兄弟の中で育っています。
昔は今のように栄養豊富な食事ではなかったでしょうに、皆さん、立派に育っています。
これも驚きです。
お米にはやはり計り知れないパワーが秘められているのかもしれませんね。
赤ちゃんが体の反応で教えてくれているように、今は飽食すぎるのかもしれません。
母乳に良い食事を突き詰めていくと究極的な健康によい食事風景が見えてくるように思えてなりません。
2014年1月5日日曜日
ベビーバギー"ストッケ エクスプローリー"、日本(習志野)から中国(深セン)へ
2女が出産のときにストッケ (STOKKE) エクスプローリー(XPLORY)をオークションで落札購入していました。
我が家で2女が出産後使い始めたのですが、あまり使っているふうではありませんでした。
モノは非常によいのですが、日本の交通機関を利用する場合、どうも使い勝手がよくないようです。
つまり、海外では使い勝手がよいのかもしれませんが、日本での交通機関を使っての移動には適さないということですかな。
そこで、結局、日本で使いやすいバギーを別途、旦那さんの両親から買ってもらっていました。
この舶来のベンツバギー(伴侶の友達がそのように呼んでいました)と日本のバギーが我が家で同居することに。
その内、新居が決まり、狭い我が家からなくなりせいせいしたのを思い出します。
これは、けっこうかさばるし、付属品もいろいろついているので、狭い我が家には似合いません。
そのベンツバギーが3女に赤ちゃんが誕生すると、またもや、我が家に戻ってきたのです。
しばらく、邪魔者扱いでしたが、3女も使ったのは数回です。
でも、中国なら使えるということで移送することに。
それがようやく今日、中国に帰る旦那とともに、ストッケが中国に旅たってくれました。(20140105)
移送手続きにも苦労したようです。
まず、ストッケを梱包して船便による海外移送をベッドなど他の2点といっしょに申込みしたようですが、渡す際にサイズが少しはみ出すというので拒否されたようです。
やむなく、今日ムコ殿が乗る飛行機便にいっしょに乗せることに。
これもまた、カウンターの手続きですったもんだしたようです。
幸い、娘が運転して車で成田まで見送りに行ってました。
2人で粘り強く交渉した結果、ベビーカー扱いとしてどうにかパスしたようです。
その他にも、いろいろと荷物があったのでムコ殿には同情しますわ。
それにしても、やれやれ、かさばるものが1つ減って助かりました。
明日からは、大規模修繕工事のためベランダにはモノが置けませんからね。(20140106)
洗濯物も干せなくなるのですから、しばらく気が滅入りますわ。
我が家で2女が出産後使い始めたのですが、あまり使っているふうではありませんでした。
モノは非常によいのですが、日本の交通機関を利用する場合、どうも使い勝手がよくないようです。
つまり、海外では使い勝手がよいのかもしれませんが、日本での交通機関を使っての移動には適さないということですかな。
そこで、結局、日本で使いやすいバギーを別途、旦那さんの両親から買ってもらっていました。
この舶来のベンツバギー(伴侶の友達がそのように呼んでいました)と日本のバギーが我が家で同居することに。
その内、新居が決まり、狭い我が家からなくなりせいせいしたのを思い出します。
これは、けっこうかさばるし、付属品もいろいろついているので、狭い我が家には似合いません。
そのベンツバギーが3女に赤ちゃんが誕生すると、またもや、我が家に戻ってきたのです。
しばらく、邪魔者扱いでしたが、3女も使ったのは数回です。
でも、中国なら使えるということで移送することに。
それがようやく今日、中国に帰る旦那とともに、ストッケが中国に旅たってくれました。(20140105)
移送手続きにも苦労したようです。
まず、ストッケを梱包して船便による海外移送をベッドなど他の2点といっしょに申込みしたようですが、渡す際にサイズが少しはみ出すというので拒否されたようです。
やむなく、今日ムコ殿が乗る飛行機便にいっしょに乗せることに。
これもまた、カウンターの手続きですったもんだしたようです。
幸い、娘が運転して車で成田まで見送りに行ってました。
2人で粘り強く交渉した結果、ベビーカー扱いとしてどうにかパスしたようです。
その他にも、いろいろと荷物があったのでムコ殿には同情しますわ。
それにしても、やれやれ、かさばるものが1つ減って助かりました。
明日からは、大規模修繕工事のためベランダにはモノが置けませんからね。(20140106)
洗濯物も干せなくなるのですから、しばらく気が滅入りますわ。
ガソリン20L給油、昨年末にもう一度入れることに
昨年のお話ですが、年内はもう給油せずにすむかなと思っていました。
「ガソリン20L給油、今年の最後かな」(20131219)
と思いきや、娘があこちゃんの皮膚科クリニックへの通院やイオンモール幕張新都心への2度にわたる買い物などに車を使っていました。
さらに極めつきは、けいじが鴨川へのひとりドライブに使ったことでした。
結局、鴨川からの帰り道で給油せざるをえなくなってしまいました。
今回も鴨川からの帰り道の山中で航続可能距離が70kmを切ってしばらくすると給油マークの点灯が始まり、途中ガス欠でエンストしないかと不安にさいなまれました。
鴨川からしばらくは、行きのルートとは違う険しい山道を最速無料優先ナビが案内していました。
行きのルートでは見かけなかったような、落石注意、路肩注意などの標識がある道でした。
ほんとに今にも落石しそうな、対向できないカーブの多い道がしばらく続きました。
このような登り坂をくねくねと走っているとみるみるガソリンが減っていくように感じ気が滅入ったものです。
給油の警告が出てからしばらくたつと、148円/Lの昭和シェル(牛久SS)の看板が目に付きました。
スタンドが見つかりホッといたしましたわ。
50kmもあるのだから大丈夫だと思っていても不安がよぎります。
やはり、けいじは心配性のようです。
なのに、田舎の151円/L以上もする給油所ではガソリンを入れる気が起こらず、立ち寄りませんでしたけどね。
そんなわけで、もう一度、20L給油をするはめになってしまいました。(20131229)
給油後、航続可能距離が430kmを表示、しばらく走行したら調整がはじまって512kmに跳ね上がっていました。
行きの平均燃費では25.1km/Lにもなっていましたからね。
トイレタイムに入った「草刈房の駅」から「道の港まるたけ」の区間では64.1kmが27.1km/Lという燃費のよいルートもありましたよ。
「ガソリン20L給油、今年の最後かな」(20131219)
と思いきや、娘があこちゃんの皮膚科クリニックへの通院やイオンモール幕張新都心への2度にわたる買い物などに車を使っていました。
さらに極めつきは、けいじが鴨川へのひとりドライブに使ったことでした。
結局、鴨川からの帰り道で給油せざるをえなくなってしまいました。
今回も鴨川からの帰り道の山中で航続可能距離が70kmを切ってしばらくすると給油マークの点灯が始まり、途中ガス欠でエンストしないかと不安にさいなまれました。
鴨川からしばらくは、行きのルートとは違う険しい山道を最速無料優先ナビが案内していました。
行きのルートでは見かけなかったような、落石注意、路肩注意などの標識がある道でした。
ほんとに今にも落石しそうな、対向できないカーブの多い道がしばらく続きました。
このような登り坂をくねくねと走っているとみるみるガソリンが減っていくように感じ気が滅入ったものです。
給油の警告が出てからしばらくたつと、148円/Lの昭和シェル(牛久SS)の看板が目に付きました。
スタンドが見つかりホッといたしましたわ。
50kmもあるのだから大丈夫だと思っていても不安がよぎります。
やはり、けいじは心配性のようです。
なのに、田舎の151円/L以上もする給油所ではガソリンを入れる気が起こらず、立ち寄りませんでしたけどね。
そんなわけで、もう一度、20L給油をするはめになってしまいました。(20131229)
給油後、航続可能距離が430kmを表示、しばらく走行したら調整がはじまって512kmに跳ね上がっていました。
行きの平均燃費では25.1km/Lにもなっていましたからね。
トイレタイムに入った「草刈房の駅」から「道の港まるたけ」の区間では64.1kmが27.1km/Lという燃費のよいルートもありましたよ。
医療を受ける弊害!?、赤ちゃんの育ち方に変化があらわれる
赤ちゃんに激しい皮膚症状があらわれていても、外用薬を塗り、薬を飲ませていると症状が消えていきます。
しかし、山西みな子さんの長年の観察によると医療を受けるようになると、赤ちゃんの育ち方と反応に変化があらわれてくるようです。
その様子を本から引用してみましょう。
《もっともはっきりした変化としては、医療を受けるようになってからの赤ちゃんは、だるそうによく眠り、目方が増えます。色も白くなります。しかし、一つのものに対してそれを見定めて、じっとみつめていた意志の力が弱まってしまいました。一瞬母の顔や、その周りの人びとの顔をみますが、見つめたまま、子どもの意志で笑いかけるというのではなく、あらぬ方角に目を転じて、にやにやと笑っています。時にはきゃっきゃっと声も出して笑いますが、母と子との相互関係の中で笑うというのではないのです。泣くときは、いきむように強く激しく泣き、あやしても、気持ちとか感情とかのつながりがうまくいかず、容易に静かな泣き方にはならないので、あっさりした性格が変化してしつこい性格になってきたといいます。物を見つめる子だったころは、お母さんが食べるものを探しあぐねて苦労したり、ひどい湿疹に悩みました。湿疹が軽くなり、からだも太り、泣き方も変わり、一見からだが丈夫になったかのように見えてきていました。しかし、子どもらしくきらきらとした「魂がいかされている状態」というものがかすみ、ただそこに動いているわが子がいて、母と子との関係としてではない、母は母、子は子、という個々の関係としてそこにともにいるだけになりました。言葉の数も減りました。》
《その状態でも、子どもは毎日成長していきます。その成長ぶりは、芯から伸びていく育ち方というより、むしろ、ほかから生かされているとでもいえるような、受け身の育ち方になるのです。》
《お母さんの食べたものが母乳に入り込み、子どもを正しく育てる基材になっている日と、正しく育てられない基材になっている日があります。正しく育てられない日が続くと、どうしても努力をすることをやめてしまうようになります。そして子どもは、母乳に代わるさまざまの栄養物を与えられることになります。子どもに与える栄養物が、正しく育てられない基材になるとき、子どものからだに表現される皮膚や骨格の反応や変化が鈍ってきます。》
《鈍った状態は、一見育てやすく見えるにもかかわらず、そのしぐさは不自然で、焦点が定まらず、手足は多動で言葉も減っていきます。両親にとっては「世界一かわいいわが子」であるのはもちろんですが、人間としての尊厳があきらかに低下してくるのがみえてくるのです。》
《正しい食物を食べなければからだによくないばかりか、こころを乱し、人の尊厳を左右するその事実は、子育てをする時期の賢明なお母さんなら気づいてしまいます。アトピー性皮膚炎の子や、湿疹の子や、喘息の子や、腎炎の子が多発している今日の状況で、その子を育てている母の苦悩を知れば知るほど、赤ちゃんが教えてくれる正しい食物を模索せずにいられなくなるでしょう。》
《赤ちゃんが教えてくれる正しい食物の選び方は、今日の社会ではむずかしいので、母が暮らしている日常の生活からそれなりの状況に合わせて、子どもの健康や生かされ方が規制されているのです。》
(山西みな子著「母乳で育てるコツ」p86-88より)
これらの様子から、安易に医療を受けると育ち方と反応に自然でない要素(?)が入りこんでくるように思われてなりません。
我が孫娘の湿疹にもその辺のところが心配ですわ。
しかし、娘には口出ししないようにしていますから、本とかブログを読んでしっかりと子育てに活かしてほしいと思ってはいます。
しかし、山西みな子さんの長年の観察によると医療を受けるようになると、赤ちゃんの育ち方と反応に変化があらわれてくるようです。
その様子を本から引用してみましょう。
《もっともはっきりした変化としては、医療を受けるようになってからの赤ちゃんは、だるそうによく眠り、目方が増えます。色も白くなります。しかし、一つのものに対してそれを見定めて、じっとみつめていた意志の力が弱まってしまいました。一瞬母の顔や、その周りの人びとの顔をみますが、見つめたまま、子どもの意志で笑いかけるというのではなく、あらぬ方角に目を転じて、にやにやと笑っています。時にはきゃっきゃっと声も出して笑いますが、母と子との相互関係の中で笑うというのではないのです。泣くときは、いきむように強く激しく泣き、あやしても、気持ちとか感情とかのつながりがうまくいかず、容易に静かな泣き方にはならないので、あっさりした性格が変化してしつこい性格になってきたといいます。物を見つめる子だったころは、お母さんが食べるものを探しあぐねて苦労したり、ひどい湿疹に悩みました。湿疹が軽くなり、からだも太り、泣き方も変わり、一見からだが丈夫になったかのように見えてきていました。しかし、子どもらしくきらきらとした「魂がいかされている状態」というものがかすみ、ただそこに動いているわが子がいて、母と子との関係としてではない、母は母、子は子、という個々の関係としてそこにともにいるだけになりました。言葉の数も減りました。》
《その状態でも、子どもは毎日成長していきます。その成長ぶりは、芯から伸びていく育ち方というより、むしろ、ほかから生かされているとでもいえるような、受け身の育ち方になるのです。》
《お母さんの食べたものが母乳に入り込み、子どもを正しく育てる基材になっている日と、正しく育てられない基材になっている日があります。正しく育てられない日が続くと、どうしても努力をすることをやめてしまうようになります。そして子どもは、母乳に代わるさまざまの栄養物を与えられることになります。子どもに与える栄養物が、正しく育てられない基材になるとき、子どものからだに表現される皮膚や骨格の反応や変化が鈍ってきます。》
《鈍った状態は、一見育てやすく見えるにもかかわらず、そのしぐさは不自然で、焦点が定まらず、手足は多動で言葉も減っていきます。両親にとっては「世界一かわいいわが子」であるのはもちろんですが、人間としての尊厳があきらかに低下してくるのがみえてくるのです。》
《正しい食物を食べなければからだによくないばかりか、こころを乱し、人の尊厳を左右するその事実は、子育てをする時期の賢明なお母さんなら気づいてしまいます。アトピー性皮膚炎の子や、湿疹の子や、喘息の子や、腎炎の子が多発している今日の状況で、その子を育てている母の苦悩を知れば知るほど、赤ちゃんが教えてくれる正しい食物を模索せずにいられなくなるでしょう。》
《赤ちゃんが教えてくれる正しい食物の選び方は、今日の社会ではむずかしいので、母が暮らしている日常の生活からそれなりの状況に合わせて、子どもの健康や生かされ方が規制されているのです。》
(山西みな子著「母乳で育てるコツ」p86-88より)
これらの様子から、安易に医療を受けると育ち方と反応に自然でない要素(?)が入りこんでくるように思われてなりません。
我が孫娘の湿疹にもその辺のところが心配ですわ。
しかし、娘には口出ししないようにしていますから、本とかブログを読んでしっかりと子育てに活かしてほしいと思ってはいます。
『「粗食」のきほん』、新聞書評により図書館に予約する
赤ちゃんが教える正しい食べ物について山西みな子さんの本「母乳で育てるコツ」から重要なところを採り上げてきました。
そんな折、今朝の読売新聞に掲載されていた前田英樹(批評家 立教大教授)さんの書評に目が留まりました。
それは、佐藤初女、幕内秀夫、冨田ただすけ著『「粗食」のきほん』という本についてです。
特に釘付けになったのは次の件(くだり)です。
《ここで言う「粗食」とは、「ごはんと味噌汁」が中心の、昔からあった当たり前の日本の食事のことである。こういうものが、どんなにおいしいか、人の心身をつよく養って健やかに保つかを、二人は語り合ってやまない。》
《その本旨は米の命を活かしきる、というところに尽きている。そのためには、水を活かし、塩を活かし、手の温かみを活かしきらなくてはならない。文明の根幹を聞かされる思いがする。》
この言葉を見ると是非に読んでみたくなり、さっそくネットで図書館に予約してみました。
既に2人の予約が入っていましたけどね。
いつ届くか楽しみですね。
そんな折、今朝の読売新聞に掲載されていた前田英樹(批評家 立教大教授)さんの書評に目が留まりました。
それは、佐藤初女、幕内秀夫、冨田ただすけ著『「粗食」のきほん』という本についてです。
特に釘付けになったのは次の件(くだり)です。
《ここで言う「粗食」とは、「ごはんと味噌汁」が中心の、昔からあった当たり前の日本の食事のことである。こういうものが、どんなにおいしいか、人の心身をつよく養って健やかに保つかを、二人は語り合ってやまない。》
《その本旨は米の命を活かしきる、というところに尽きている。そのためには、水を活かし、塩を活かし、手の温かみを活かしきらなくてはならない。文明の根幹を聞かされる思いがする。》
この言葉を見ると是非に読んでみたくなり、さっそくネットで図書館に予約してみました。
既に2人の予約が入っていましたけどね。
いつ届くか楽しみですね。
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